小曽根真×真山仁対談

(下)人生60年に、何を想う

SankeiBiz編集部

 ジャズ・ピアニストの小曽根真と小説家の真山仁という意外な二人の対談が実現した。二人はともに神戸に縁があり、しかも、同世代。音楽、小説、そして人生を忌憚なく語り合った。(前回の記事はコチラから)

 60歳という節目に、改めて音楽と向き合う

 真山仁(以下:真山) 60回目のお誕生日を迎える3月25日から、“BIRTHDAY SOLO”ツアーを始められるそうですね。だんだん自分の年齢を口にしたくない世代になるのに、堂々と還暦になったからツアー始めます!というのは凄い(笑)。

 小曽根真(以下:小曽根) この歳になるまで、ずっとピアニストとして、多くの方に応援してもらってきたことに感謝したいという想いが強かったんです。本当に色んな方に支えてもらったから、今の僕があるので。感謝の気持ちを込めて、「皆さんのお陰でこういう音楽が出来るようになりました、どうでしょう今の小曽根は?」と全国を巡りたいんです。

 真山 47都道府県全てでコンサートが予定されているんですよね。そのバイタリティにも脱帽です。まさに、感謝のツアーでもあるのでしょうけれど、同時に、原点回帰的な意味合いもありますか。

 小曽根 コロナ禍での53日連続ライブを経験したのも大きいと思うのですが、少し曲の作風が変わってきた気がします。元々、聴く人を喜ばせたいという思いが、音楽への原動力でした。今は、起承転結を大事にし、最後にカタルシスがある曲を書きたいと思い始めました。

 真山 ツアーに合わせて、3月3日には『OZONE 60』という二枚組のソロピアノアルバムもリリースされました。その中の「誰かのために(For Someone)」という曲を聴いて、あっ、これは今までの小曽根さんの作風と違うなと思いました。かなり哲学的な印象がある。なのに、心がザワザワする。これは、匠の技なのかなと。一番好きな曲です。

 小曽根 あれは祈りなんですよ。ずーっと続いていく日常を感じながら、そこにある人生の大切さを共有したいという気持ちで作り、演奏しています。邦題として「誰かのために(For Someone)」と付けていますが、これは2019年12月にアフガニスタンで殺害されたNGO(非政府組織)「ペシャワール会」の現地代表で医師の中村哲さんの言葉なのです。中村さんは、医師としてアフガニスタンなど紛争地帯で奮闘されただけではなく、現地で多くの井戸を掘り、灌漑(かんがい)事業に貢献したことでも知られていますよね。その行動規範が「誰かのために」でした。僕も、そんな気持ちで音楽と関わり続けたいと思うようになりました。

 削ぎ落とし原石を探すと見えてくる本質

 真山 そんな想いを音楽にするために、今までの「小曽根の音楽」の型を破られたんでしょうね。でも、そういう冒険をしないと自分に飽きちゃいますから。

 小曽根 そうなんですね。曲を書いていると自然と自分流の落としどころみたいなものがあるのですが、今回は、それに反抗してみた。具体的に言うと、普段なら元あるイメージを脚色していきながら曲が生まれていくのですが、今回は、イメージの元となる“原石”を探すために、削ぎ落としたんです。すると、自然に祈りが生まれてきた。

 真山 その心境、とても共感できます。私自身も今、「とにかく削ぎ落とす」ことに腐心しているところがあります。今の社会は「わかりやすさ」ばかりが求められて、説明過剰になる風潮があります。でもそれでは、大切な真意とか本質が伝わらなくなる気がします。逆に説明をどんどん削ぎ落とし、本当に言いたいことだけを残すと、不思議とその方が、読者の方に「言いたいこと」が伝わるのだと思えるようになってきました。

 小曽根 いわゆる行間を読んでもらうということですね。それは、音楽にもあります。過剰じゃないから一音一音が心に届く。でも、それをどうつくる、あるいはどう演奏するのかを説明するのは、難しい。きっと、長年の経験と試行錯誤があって、そこから必然が生まれる。その大切さと面白さが分かってきた気がします。

 真山 私は今、自分自身に「もっと枯れろ!」と言い続けています。元々、何事にも過剰な性格なので(笑)、もっと淡泊で達観できるようになりたい。それは、「冷たい大人になれ」という意味ではありません。逆に、人と距離を持つと、もっと穏やかに相手を見ることが出来ますし、相手の想いが自分の心に染みこみやすくなると思うんです。すると自ずと、過剰さが薄れていくのではないか。

 きっと、そうやって円熟していくのだろうと思うようになってきました。

 「円熟の世代」と言われるが…

 真山 還暦を過ぎると「円熟の境地に入る」と言われますが、小曽根さんはいかがですか?

 小曽根 僕は、無理ですよ(笑)。少なくとも、自分で円熟なんて分からない。それは、周囲が決めることじゃないかな。僕自身の中身は、いつまでも青いままだと思いますね。

 真山 円熟というと、なんだか濃厚で老練のような印象がありますが、私はちょっと違って、「削ぎ落とす」ような行為をしても原石を残せるようになる、自己アピールをしなくても、あるがままでいればそこに自分らしさが残る、という境地だと考えています。かっこ良く言うと、迷いが減る。

 小曽根 僕の場合、「自分の好き嫌いがはっきりしていく」感覚として捉えている境地ですね。あまり言い訳もせず「僕はこうなんです」とそこに置いて、あとは、受け手に委ねる。リスナーを今まで以上に信頼するということになる。

 真山 それは発信する側に、受け手を刺激し、想像力をかき立てる何かがしっかりとあるからできるんだと思います。きっと、それが円熟と呼ばれるのではないでしょうか。

 小曽根 なるほどね。でも、僕はそのあたりは考えずに、好きなことをやっていく。でも、その手法を変えることは恐れずにいたいと思います。

 ■小曽根真(おぞね・まこと) ジャズピアニスト。1983年、バークリー音大ジャズ作・編曲科を首席で卒業。米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム「OZONE」で全世界デビューした。ソロ・ライブをはじめゲイリー・バートン、ブランフォード・マルサリス、パキート・デリベラなど世界的なトッププレイヤーとの共演や、自身のビッグ・バンド「No Name Horses」を率いてのツアーなど、ジャズの最前線で活躍している。2003年にグラミー賞ノミネート。2011、国立音楽大学(演奏学科ジャズ専修)教授に就任。2015年には「Jazz Festival at Conservatory 2015」を立ち上げるなど、次世代のジャズ演奏家の指導、育成にもあたる。2020年春には、コロナ禍の緊急事態宣言中、53日間に及ぶ自宅からの配信活動「Welcome to Our Living Room」も話題となった。2021年3月に還暦を迎え、全国各地で「OZONE 60 CLASSIC x JAZZ」ツアーを開催する。主な日程は下記の通り。

3月25日(木) 東京:サントリーホール 大ホール

3月27日(土) 名古屋:愛知県芸術劇場コンサートホール

3月28日(日) 秋田:アトリオン音楽ホール

4月 3日(土) 大阪:ザ・シンフォニーホール

5月22日(土) 福岡シンフォニーホール  ほか

http://www.hirasaoffice06.com/artists/view/187?artist=Instrumentalists

 ■真山仁(まやま・じん) 小説家。昭和37年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科を卒業後、新聞記者とフリーライターを経て、企業買収の世界を描いた『ハゲタカ』で小説家デビュー。同シリーズのほか、日本を国家破綻から救うために壮大なミッションに取り組む政治家や官僚たちを描いた『オペレーションZ』、東日本大震災後に混乱する日本の政治を描いた『コラプティオ』や、最先端の再生医療につきまとう倫理問題を取り上げた『神域』など骨太の社会派小説を数多く発表している。初の本格的ノンフィクション『ロッキード』を上梓。最新作は「震災三部作」の完結編となる『それでも、陽は昇る』。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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