疾風勁草

日本は3度目の核攻撃を甘受するのか 唯一の被爆国が議論すべき“生きる覚悟”

高井康行

 日本への先制核攻撃を主張する動画投稿

 日本は、昭和20(1945)年8月6日午前8時15分広島に、同月9日午前11時2分長崎に核攻撃を受けた。われわれは、この両日を迎える度に、2度にわたる核攻撃の犠牲となった方々のご冥福を心から祈るとともに、核兵器の廃絶と恒久平和を強く祈念し主張し続けてきた。しかし、極めて残念なことに、核兵器は依然として廃絶されないばかりか、むしろ、拡散傾向にある。

 おりしも7月11日、中華人民共和国のネットに台湾有事に日本が介入したら、日本に核による先制攻撃を行うべきだとの動画が投稿され、それが翌12日にはアメリカにまで拡散したという。その後、その投稿は、当局によって削除されたとのことだが、当局による監視の厳しい中で、一時的にせよ、そのような投稿が許され、拡散した事実は、われわれにいろいろなことを考えさせる。

 まず、台湾有事の際の中華人民共和国の主敵はアメリカであり、日本ではない。それにもかかわらず、この投稿は、アメリカに先制核攻撃をせよとは一言も言わないで、日本に対してのみ先制核攻撃をせよと主張している。

 それは、もしアメリカに先制核攻撃を加えれば、アメリカから核による報復攻撃を受けることが確実だからである。もし、日本が核抑止力(核による第2撃能力)を保持していれば、このような投稿はなされなかったであろう。同じ理由で、先の大戦中に、日本が核抑止力を保有していれば、アメリカから核攻撃を受けることもなかっただろう。

 次に、この投稿から、拡大核抑止に関するアメリカの公約が効いていないことも分かる。拡大核抑止とはいわゆるアメリカの「核の傘」のことで、もし、日本が核攻撃を受けたらアメリカは自国に対する核攻撃と見做(みな)して核で反撃するという公約である。

 しかし、日本に対する核攻撃にアメリカが核で反撃すれば、次には、アメリカが核による攻撃を受けることになる。アメリカが、本当に、日本のために自国を核攻撃の危険にさらすのか、という不信感は以前から日本国内にも根強くある。

 「核の傘」は、その実効性が疑いを入れる余地もないほど信じられて、初めて、有効に機能する。もし、日本に対するアメリカの「核の傘」が信じられていれば、日本に対する核攻撃はアメリカに対する核攻撃と同一視されることになるから、今回のような投稿がなされることもなかったであろう。この投稿は、既に、アメリカの「核の傘」は破れていることも示している。

目を向けるべき厳しい現実

 東西冷戦中にも、アメリカの「核の傘」の実効性に疑問が抱かれたときがある。1977年にソ連が中距離弾道ミサイルSS20を欧州東部に配備したときである。それによって、欧州枢要部は全てSS20の射程圏に入ることになったが、ソ連がSS20によって欧州を核攻撃した場合、アメリカは自国が核攻撃を受ける危険を冒して本当にソ連に核攻撃をするのかという疑問が生まれた。

 その疑問を解消するため、アメリカは1982年、中距離核ミサイルパーシングⅡを欧州に配備し均衡を回復した。そして1987年、米ソの間で中距離核戦力全廃条約が締結され、SS20とパーシングⅡは撤去された。

 これらの事実は、残念ながら、核を抑止するものは核以外にないことを、中華人民共和国からの核攻撃を抑止するためには日本も核抑止力を保有する以外にないことを、教えている。

 唯一の被爆国として、核兵器全廃を目指すことは崇高な理想としては正しい。一方、厳しい現実に目を向け、日本は、唯一の被爆国だからこそ、二度と核攻撃を受けないために核抑止力を保有する権利があると言うこともできる。

 今回の日本への先制核攻撃を主張する投稿は、われわれに、この先も唯一の被爆国として核抑止力を保有せず、中華人民共和国その他の核保有国から3度目の核攻撃を受ける危険、核の恫喝(どうかつ)を受ける危険に晒されながら生きる覚悟をするのか、3度目の核攻撃を受けないため、核抑止力を保有して信頼できる「核の傘」の下で生きる覚悟をするのか、真剣に議論するべき時期が来ていることを教えてくれている。

高井康行(たかい・やすゆき) 弁護士、元東京地検特捜部検事
1947年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1972年に検事任官。福岡地検刑事部長、東京地検刑事部副部長、横浜地検特別刑事部長などを歴任した。岐阜地検時代には岐阜県庁汚職事件を、東京地検特捜部時代はリクルート事件などを捜査。福岡地検刑事部長時代、被害者通知制度を始める。1997年に退官し、弁護士登録。政府の有識者会議「裁判員制度・刑事検討会」委員を務めたほか、内閣府「支援のための連携に関する検討会」の構成員や日本弁護士連合会の犯罪被害者支援委員会委員長などを務めた。テレビや新聞でも識者として数多くの見解を寄せている。

【疾風勁草】刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。アーカイブはこちらをご覧ください。