中華人民共和国は、今月2日に延べ39機の軍用機を、その2日後には延べ52機もの軍用機を台湾の防空識別圏内に進入させた。特に、4日の52機の内訳は戦闘機34機、爆撃機12機、早期警戒管制機2機などとなっている上、夜間にも進入している。各機種の構成、機数などから、単に台湾を心理的に圧迫したり挑発したりすることだけを目的とするものにとどまるものではなく、実戦のための準備という側面もあると見ざるを得ない。
誇るべきは「聞く力」にあらず
トランプ前米政権で大統領補佐官を務めたH・R・マクマスター氏も4日、産経新聞などの取材に対し、ロシアがソチ冬季五輪が終わってからクリミア半島の併合に踏み切った例を引いて、北京での冬季五輪が終わる来年2月以降は決定的に重大な時期になると言明している。また台湾国防部は、中華人民共和国は4年後には、台湾海峡を封鎖し台湾への上陸作戦を敢行するだけの能力を備えるだろうとしている。これらを見れば、日本が直面している安全保障環境が有事に向かっていることを否定することは難しい。
このような状況の中、岸田文雄氏が内閣総理大臣に就任した。岸田総理の自己評価によれば、「聞く力に優れている」ということだ。しかし、安全保障環境が有事に向かっているときに、日本の総理が誇るべきは「聞く力」だろうか。「聞く力」は平時の総理にも求められる徳目である。
有事に向かっているときは、安全保障環境を冷徹に判断し、一部に反対意見があっても、日本を守るために最善と信じるところに従って決断し、実行できる果断な能力こそが求められている。
三国志演義によれば、南下してくる曹操の魏に対し和戦の決断を迫られた呉の孫権は、居並ぶ群臣の和戦両様の意見を聞いた後、最後には魏と戦うことを決断し、眼前の机を剣で断ち、この先自分を諫める者がいたらその首を刎(は)ねると宣言した。
孫権のその強い覚悟と姿勢を見て、和を主張していた臣下も心を一つにして魏との戦いに臨み、長江の赤壁で魏に大捷(たいしょう)した。
114票のかすかな光
岸田総理に、安全保障環境の変化を冷徹に見通す力と、孫権のような「断机」の勇があるか。そこに、これから数年の日本の命運がかかっている。しかし、残念ながら、今の岸田総理に断机の勇が備わっているとは感じられない。そこに得も言われぬ不安を感じる。
杏林大学名誉教授で外交評論家の田久保忠衛氏は、最近の産経新聞に寄せた論稿で、岸田総理の発言に対し「名状しがたい不安を抱いた」と率直に語られているが、激しく同感する。岸田政権発足時の支持率が40%台から50%台で期待されたほどでないことは、国民が、岸田総理の有事対応力に一抹の不安を抱いていることの表れと見ることもできる。
ヒトラーのドイツが西方に向かって進撃を開始した1940年5月、首相をチェンバレンからチャーチルに変えることが出来たイギリスは不幸中の幸いだった。
日本はどうだろう。総裁選で、114票の議員票が高市早苗候補に投じられたことが、かすかな光か。
【疾風勁草】刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。アーカイブはこちらをご覧ください。