今回の選挙における各党の主張を見ていて、古代中国の「朝三暮四」の故事を思い出した。猿の飼い主が猿に、餌である木の実を朝に3個、夕に4個与えると言ったところ猿が怒ったため、では朝に4個、夕に3個にすると言ったら、猿が喜んだという話である。
立憲民主党・共産党の「大惨敗」
選挙期間中、北朝鮮はミサイル発射実験をして軍備の増強振りを、中華人民共和国の艦隊はロシア艦隊と共に日本列島を周回して、両国が軍事的協力関係にあることを殊更に誇示した。いずれも、日本の安全保障環境に重大な影響を及ぼす事象であり、そのような状況にどのように対処すべきかが選挙の争点とされるのが本来の姿であろう。
しかし、選挙期間中、その問題を正面から取り上げた政党はなく、選挙はほとんど税金のバラマキ合戦に終始した。
一方、各社の事前情勢調査では、立憲民主党と共産党との閣外協力を前提とした選挙協力などを踏まえ、自民党激減、立憲民主党増、国民民主党微減、日本維新の会大幅増などとしていた。
だが蓋を開けてみれば、自民党は議席数こそ減らしたものの単独で絶対安定多数を確保した。一方、立憲民主党は議席増どころか2桁に落ち込み、閣外協力の合意をした共産党も議席を減らした。
それに対し、日本維新の会はほぼ4倍増と大躍進し、野党の選挙協力に乗らなかった国民民主党も予想を覆して議席増を果たした。選挙前の予想との比較で言えば、自民党の大勝利、立憲民主党・共産党陣営の大惨敗であることは明らかで、枝野代表の引責辞任も当然だろう。
立憲民主党が予想外の大惨敗をした大きな原因が、政権獲得時の閣外協力まで含む共産党との合意にあることは明らかだろう。日米安全保障条約破棄、自衛隊縮小、非同盟中立を謳(うた)う共産党と閣外協力の合意をした立憲民主党が予想外の大惨敗を喫したことは、有権者が日本を取り巻く安全保障環境の悪化を深刻に捉え、賢明な判断をしたことを示している。
その意味で、「朝三暮四」的な選挙活動をした各党は、深部で動き始めている民意を把握できていなかったというべきだろう。
専制主義と民主主義が対峙する時代
いずれにしても、日本は、今回選ばれた衆議院議員と来年の参議院選挙で選ばれるであろう参議院議員によって、今後さらに激化していくことが確実な台湾海峡の緊張に対処していくことになる。
アメリカでは、中華人民共和国を抑止するため、具体的には同国のA2AD(接近阻止・領域拒否)戦略に対抗するため、第一列島線に中距離ミサイルを配置することが計画されており、早晩、日本にもその要請がなされるであろう。
かつてのソ連を代表とする共産主義とアメリカを代表とする自由主義とが対峙(たいじ)した時代は、西ドイツがその最前線だった。中華人民共和国が代表する専制主義と米欧日が代表する民主主義が対峙する今の時代においては、好むと好まざるとにかかわらず、第一列島線に位置する日本がその最前線にならざるを得ない。
中距離ミサイルの日本領土内への配備が具体化すれば、国論は大きく割れるだろう。両論を丁寧に聞き、丁寧に説明することはもちろん重要だが、この問題は、丁寧に聞き、丁寧に説明すれば、解決できるようなものではない。
激しい反対運動にもたじろぐことなく、日米安全保障条約を改定し今日の礎を築いた岸信介首相(当時)のような胆力と時代を洞察する力をもった人物が、時の首相を務めていることを願うばかりである。
【疾風勁草】刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。アーカイブはこちらをご覧ください。