それでも日本企業にとって、生産基地としてのタイの重要性が低下することはない。自動車を中心に、タイには日本企業による分厚い産業基盤が形成されている。2015年にはASEAN内の関税は基本的に撤廃される予定で、成長するASEAN市場向けにタイの拠点をこれまで以上に活用できるようになる。
在タイの日本企業にとって有力な選択肢が、賃金水準がまだ低い隣国への進出だ。労働者の月給はベトナムのホーチミンで148ドル、ラオスのビエンチャンで132ドル、カンボジアのプノンペンで74ドルと、タイとは大きな差がある。
タイの隣国に生産拠点を設け、労働集約的な工程を移植していけば、タイの生産基盤を活用しつつ、コスト競争力を維持することが可能になる。こうした戦略は「タイプラスワン」といわれ、タイの日本企業の間で真剣に検討されるようになってきた。
日本総合研究所の大泉啓一郎・上席主任研究員は「中国投資リスク回避策であるチャイナプラスワンと違い、タイプラスワンはタイの生産拠点の競争力強化策だ」と説明する。
タイ政府も、賃金上昇のマイナス効果は十分認識している。次の成長の芽が見いだされないままで、労働集約型産業での競争力が失われるという「中所得のわな」にタイがとらわれる可能性があるからだ。そのため、鉄道インフラの整備など「タイプラスワン」を後押しする動きを強化している。アジア開発銀行によるメコン地域の交通網整備も進んでおり、ASEANのハブとしてのタイの位置づけは今後ますます重要になりそうだ。(「週刊東洋経済」副編集長 西村豪太)