江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」。中国政府は、旧日本軍による南京占領で起きたとされる「南京事件」を記憶遺産に登録申請した=昨年12月【拡大】
ほかにも、1938年7月、世界で初めて南京事件に関する著作を発表した英国紙の中国特派員・ティンパーリーが、国民党の中央宣伝部の顧問であり、同党から資金提供を受けていたことなどが知られています。
中国は記憶遺産への登録により、南京事件を人道上の罪に仕立て上げるつもりなのでしょう。そうすることで、チベットやウイグルなど周辺地域への侵略行為や、天安門事件をはじめとする人権弾圧、傍若無人な海洋進出といった自らの覇権主義から世界の目を逸らせたいとの意図が透けて見えます。
--南京事件はなぜ世界に広まったのでしょうか
1997年に中国系米国人のジャーナリスト、アイリス・チャン氏が出した『ザ・レイプ・オブ・南京』が果たした役割は大きいでしょう。旧日本軍による「南京大虐殺」の犠牲者を30万人以上と断定した同書は、50万部を超えるベストセラーとなり、南京大虐殺があたかもホロコーストのように捉えられてしまったのです。当時の南京の人口を超える犠牲者数や、南京とは無関係の写真を証拠として使うなど、日本側から多くの矛盾点が指摘されたものの、英語で書かれた書籍として、世界に与えた影響は絶大でした。
また、ほぼ同時期の93年、日本政府は従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与を認めた「河野談話」、95年にはアジア諸国への植民地支配と侵略を認めた「村山談話」を発表。近隣諸国が外交攻勢に出る際の格好の材料を提供してしまいました。
両談話の背景には、「先の大戦で日本はアジアを侵略した」との東京裁判史観がありますが、これは日本弱体化をもくろむ米国により広められたものです。米国は東京大空襲と広島・長崎への原爆投下により、30万の民間人を虐殺しましたが、その行為を正当化するために、日本悪玉論を流布する必要に迫られたのです。南京大虐殺の30万人という数字は、ここから導き出されたとも言われます。