協調介入は87年2月のドル安定のための「ルーブル合意」の失敗後はほとんど試みられなくなったが、米政府高官はことあるごとに口先でドル安に誘導してきた。ドイツはその間、フランスなどとともに欧州共通通貨ユーロを立ち上げて、米国からの風圧を避けているが、日本の円はいまだに米国の政策や政治情勢に左右され、われわれの暮らしを支える賃金を左右する。
グラフは、プラザ合意以降の円・ドル相場と日米の製造業賃金指数の各年間平均値の推移である。驚かされるのは、賃金動向の違いだ。
米国は一貫して右肩上がりであるのに対し、日本は上がりかけたと思ったら、今度は下がり始める。プラザ合意後の急速な円高にもかかわらず、日本の賃金はしばらくの間は米国と同様のトレンドだったが、97年半ば以降は円相場動向に大きく左右されるようになった。97年4月には橋本龍太郎政権が消費税増税と緊縮財政に踏み切り、現在にまで尾を引く慢性デフレ局面を招いたが、デフレは円高と賃金減の産物ともいえる。
円相場と賃金の相関度(統計学でいう相関係数で、最大値は1)はアベノミクスが始まった2012年12月までの10年間でみると全産業が0・94である。円高はものづくりばかりでなく、全産業にデフレ圧力を浸透させている。