その後、ぼくは欧州に住み始め、その頃パリに住んでいた知人の大学の先生に「欧州で活躍している日本の人たちの話を聞いていきたい」と話したら、「日本語だけで通じる世界じゃない」と軽くいなされた。
その先生はフランス語の通訳としても一流の日本人だった。その時、ぼくは言葉の問題を指摘されただけ、と一瞬思った。
ちょっと時間を経て、これは言葉の問題だけではない、と気づく。日本文化文脈の延長で欧州を見ようとしている態度を辛辣に指摘されたのだと分かった。欧州文化にどっぷり浸からずに、よく知っている日本文化の差異から異文化を手軽に知る材料として「在欧日本人」を見ようと潜在的に思っていた(と判断された)のだろう。どこかのミラーに映った異文化を脇から覗く程度だ、と。
新しい土地に住むにあたり、既に住んでいる同胞を観察の対象にするのはあまり意味がない、というのは実際に住んで分かってきた。しかもインタビューの対象としても、住んでいる人間から見てそう面白いものでもない、とも実感した。
情報の受け手が日本にいる日本人であるなら何らかの効用がないわけでもないが、そういうことに時間とエネルギーを費やすなら、住んでいる人間としては、そこの国の人たち(この場合は欧州人)をインタビュー対象にすべきで、それをしないとしたら単なる逃げだ、とさえ思えてくる。
そう思った瞬間に、その手の話に一切興味がなくなった。ある分野で傑出しているか、人間性に惹かれるものがある以外、ぼくの視界から「外国での日本人の生き方」なるものが急に遠ざかっていった。
ぼくは美術館で作品を見歩きながら、この過去の記憶が蘇った。
移民を題材にしたドキュメンタリーやアート作品には、ぼくが昔抱いたような「ヤワ」な異文化理解アプローチはひとかけらも見受けられなかった。言うまでもなく、まったく出発点が違う。