海外情勢

突然、家に公安局員が…超便利社会に生きる中国人が引きかえに“失ったもの” (1/2ページ)

 中国ではパスポート申請からデリバリーまで、あらゆることが通信アプリ「ウィーチャット(微信)」で済ませられる。だが、フリージャーナリストの姫田小夏氏は「中国の便利社会は、個人情報を差し出すことで発展してきた。国民は知らず知らずのうちに監視社会に取り込まれている」と指摘する--。

 ※本稿は、姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)の一部を再編集したものです。

 「微信」がないとパスポート申請もできない

 中国のデジタル社会はここ数年で急速な発展を遂げた。スマホさえ持てば果てしなく便利な生活を追求できるそのしくみは、もはや日本や欧米先進国を凌駕する。翻せば、スマホがなければ日常生活が送れないことを意味する。

 今どきの中国人は通信アプリ「ウィーチャット(微信)」がないと生きてはいけない。中国では、今やありとあらゆるサービスをこのプラットフォームが提供する。名刺交換も、ウィーチャットのID交換にとって代わられるほどである。ウィーチャットユーザーは自分のアカウントと銀行口座を紐づけることで、キャッシュレス決済も行える。住所、氏名、身分証の番号、会社名、仕事内容、銀行口座番号など、さまざまな個人情報を入力することで、多種多様なサービスを享受することができる。

 上海では今、このウィーチャットアカウントを持っていないとパスポート申請もできない。上海在住の日本人女性・畠田瑞穂さん(仮名、40代)は最近こんな光景を目撃した。

 「高齢者を気にしていたら中国は発展しません」

 「その日、中国人の夫のパスポートを更新するために公安局の出入国管理事務所を訪れました。中に入ると、突然『老人は海外へ行くなというのか! 俺はスマホも持っていないし、ウィーチャットも知らないんだ!』という怒鳴り声を耳にしました。見ると、おじいさんが事務所の担当者と喧嘩していたんです。担当者は『家族か友人を呼んで出直して来い』と冷たく言い放って、相手にしない様子でした」

 現在、多くの企業や地方自治体が、ウィーチャットのアプリ上でサービスを提供している。上海市も、公安局がパスポート申請の際の予約や整理番号の配布に、ウィーチャットのアプリを利用しており、アプリがなければ、公的機関が交付する文書ですら手に入れられないという状況なのだ。

 筆者は、政府系企業に勤務し、ITソリューションに詳しい張さん(仮名、30代)に、この状況をどう思うか意見を尋ねてみた。すると返ってきたのは、「高齢者を気にしていたら中国は発展しませんよ」というシビアなコメントだった。「人口の2割を切り捨てるのが中国のやり方です」と実にあっけらかんと言い放つ。IT弱者などはお構いなし、ということか。

 家に公安が押しかけてきて…

 日本での生活が20年になる麗麗さん(仮名、40代)は、「ウィーチャットを使って本音を発信すると、とんでもないことが起こる」という。中国に在住する親戚が、ある騒動に巻き込まれたというのだ。

 「彼の住んでいる住宅の隣接地でマンションの建設が進められているのですが、その開発事業者についてウィーチャット上でちょっと文句を言ったら、すぐに、彼の自宅に公安が飛んできて、彼に向って『余計なことを言うな』と凄んだそうです。ウィーチャット上の情報発信は公安から見張られているんです。その話を聞いて、思わず背筋が寒くなりました」

 中国政府がネット上の情報発信を厳しく監視していることは周知の事実だ。「共産党」「天安門事件」「人権」などが“特定キーワード”として監視されているという。北京の地元紙『新京報』は「2013年の時点で、200万人を超える監視従事者がいる」と伝えていたが、2017年にサイバーセキュリティを強化するための法律「インターネット安全法」が制定され、さらに監視が厳しくなった。

 市民のたわいのないチャットでさえも監視されている。山東省では、若い女性が「疫病が発生したようだから豚肉や鶏肉を食べないようにしなければ」という内容をウィーチャットに書き込んだら、6~7人の公安局員が自宅に踏み込んできた。

 アカウント凍結で電子マネーも使えない

 拘束には至らないもののアカウントを凍結されるケースもある。「甥がウィーチャットのアカウントを凍結された」と話すのは、上海の大手商社(中国企業)に勤務する李さん(仮名、50代)だ。

 「甥は友人とのチャットで、うっかり“特定のキーワード”を使ったため、即刻ウィーチャットのアカウントが使えなくなってしまいました。気の毒だったのはその先で、ウィーチャットペイにプールしているお金も動かせなくなってしまったのです」

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