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【わが社のオキテ】ソニー、大企業になっても忘れない“アナログ”の熱き思い

2012.4.8 19:00更新

ソニー創業者、井深氏から社員の子供らひとりひとりにランドセルが手渡される(ソニー提供)

 関西もようやくサクラの季節が到来し、真新しいランドセルを背負った新1年生の姿が目立つ。ランドセルは数万円と高価で、子育てで物入りな家計にとって負担は大きい。そんな苦労を少しでも軽減しようと、小学校へ入学する社員の子供に50年以上もランドセルを贈り続けている企業がある。デジタル家電の雄、ソニー。背景には同社の成長を支えたひとりの財界人の思いが込められている。

 「おめでとう」「お父さんお母さんに感謝する気持ちを忘れないで」。今年2月、ソニー本社で開かれた贈呈式。中鉢良治副会長が新入学児童ひとりひとりに、言葉をかけながらランドセルを手渡した。

 昭和34年、創業者の故・井深大氏が社員の子供の就学を祝い、家計の負担を少しでも軽くしようと発案した。関西や東北なども含めた全国の社員が対象で、50年以上にわたって計約2万8千個のランドセルを贈った。井深氏は教育活動に熱心なことで知られ、ランドセルを贈ることで学ぶことの大切さを伝える思いもあるという。

 ソニーが急成長を遂げたのは、創業者の井深、盛田昭夫両氏の2人の力によるところが大きいのは周知だが、2人を支えたソニーの前身、東京通信工業の故・万代順四郎取締役会長ら経営陣の存在も忘れてはならない。

 万代氏は戦前、国内主要銀行の三井銀行や帝国銀行の頭取や会長を歴任。全国銀行協会連合会会長も務めた財界の重鎮だったが、戦後、公職追放された。ソニー広報によると、万代氏は昭和22年、前年に創業されたばかりの東通工の相談役に就任。28年には「自分はこれまで第3者として育成に努めてきたが、今度は仲間に入ろう」と会長を引き受けた。当時の社長、前田多門氏は「お引き受けくださってありがたい」と語ったという。

 万代氏は岡山県出身。苦学の人で、学生が苦労をせずに学べることを願っており、所有するソニーの株券をすべて母校・青山学院大学へ寄贈するなど、後進の育成に尽力していた。万代氏は「営利会社だから利益を上げなければならないが、いつでも世の中の役に立つことを考えていてほしい」と常に口にしており、井深氏はその言葉に深く影響を受けたという。

 昭和34年、万代氏が亡くなった。当時は戦後復興が進んでいるとはいえ、子供に新しいランドセルを買ってやれるほど余裕のある家は少なかった。井深氏は子供らの入学を祝うとともに、少しでも社員の負担を軽くしようとランドセルを贈る取り組みを発案、数十年間、子供にランドセルを手渡していた。

 ソニー広報は「ソニーという会社を作った人が直接渡してくれたことの意味を、もらったときは分からなくても、大きくなってでもその思いを感じてほしい」と語る。

 こうやって贈られたランドセルに対し、「思い出が詰まっていて捨てられない」、「世の中の役に立ちたい」などの声が高まり、3年前からアフガニスタンの子供らにランドセルを贈るプロジェクトが始まった。社員から集められたランドセルを修繕し、未使用の文房具と一緒に贈っている。これまでに計1780個を寄贈した。

 荒廃した戦後に生まれ、画期的な商品で世界を驚かせ、日本の経済復興と歩みをともにするように世界屈指の大企業となったソニー。創業時から伝わる「人を育てる」という“アナログ”な思いはしっかりと根付いている。(伊豆丸亮)

企業データ

本社=東京都港区港南1-7-1

設立=昭和21年5月7日

資本金=6309億2100万円

連結売上高=7兆1813億円(平成22年度)

連結従業員数=16万8200人(平成23年3月31日現在)

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