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軽に目覚めたホンダの“本気度” 「N BOX」とスモールストアで疑念払拭
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昨年3月に「スモールストア」にリニューアルしたホンダカーズ千葉の八街西店=千葉県八街市
開発チームが競争力の高い軽自動車「N BOX」を開発していることは、海外にいるときから知っていた。だが、いくら良いクルマでも売れなければ意味がない。「販売も進化しなければ」。常務執行役員で日本営業本部長の峯川尚(58)は、販売店に軽をいかに売ってもらうか、頭を悩ませる毎日を送っていた。
ブラジル子会社社長から日本営業本部長に転じたのは、東日本大震災直後の2011年4月。ブラジル以前にもニュージーランド、中国と渡り歩き、国内勤務は13年ぶりだった。だが、気合を入れて販売店を回るが、反応ははかばかしくない。期待の「N BOX」の発売を年末に控えていたが、「懸命に説明しても販売店に響かなかった」。
理由は分かっていた。大震災直後に日本全体を覆った形容しがたい停滞感。これも理由の一つだったが、何より大きかったのは、ホンダがこれまで軽に力を入れたことがなかったことだった。
正確に言えば、力を入れたのは1967年に軽乗用車に初進出し、大ヒットを飛ばした「N360」だけ。その後、車種を追加していくが、74年にホンダは軽乗用車の生産をあっさり投げ捨てる。社運をかけて開発した登録車「シビック」に生産ラインを明け渡すためだった。
88年から再び軽乗用車を手がけるようになるが、力の入れ方は登録車に及びようもなかった。こうした経緯を知っている販売店は、急に「軽の再挑戦」を叫び始めたホンダの本気度を疑っていた。
実は峯川自身も心のどこかに疑う気持ちがあった。かつて中国駐在時代にスモールカーの重要性を本社に訴えたことがあったが、簡単にはね返されたことがある。今後、軽の存在感が高まっていくのは間違いないが、ホンダはどこまでコミットしていくのか。
だが、社長の伊東孝紳がこの疑念を払拭した。「軽は日本固有の商品だ。あんたにまかせる」。開発、調達、生産に至る「N BOX」の全ての機能を鈴鹿製作所(三重県鈴鹿市)に集結するとともに、軽の決済の全てを峯川に委ねたのだ。軽はこれまで社長の決済案件だった。そしてこの判断は社長が「N BOX」に口出ししないことを意味していた。「社長は本気だ」。異例の判断に峯川はホンダの覚悟を読み取った。
大震災によるサプライチェーン(供給網)の寸断、それに続くタイ工場の洪水被害。どちらも自動車メーカーで最も影響を受けたのがホンダだった。しかも軽のシェアは落ち続け、2011年の販売シェアはOEM(相手先ブランドによる生産)調達でしか売っていない日産自動車にさえ抜かれ、4位に転落。「悪いスパイラルを脱し、明るい道筋を社員や販売店に見せる」。峯川の腹は固まった。
「N BOX」自体は間違いなくいいクルマだ。後は販売だった。峯川は全国の販売店を精力的に回った。そしてあることに気づく。登録車と違い、軽を買いに来た顧客は、1~2回の来店で購入を決めるケースが多かった。地方では1人1台、日常の足として定着している軽にはこんな特殊性があった。海外生活が長かった峯川には新鮮な驚きだった。
峯川らが考えに考えたあげくに発案したのは、軽・小型車に特化した店舗「スモールストア」の開設だった。まず可能な限りの軽車両、カラー、オプション類などをそろえる。そしてメーンユーザーの女性を意識して内部も改装、トイレをホテル並みにきれいにし、バリアフリー設備を取り入れたり、車を止めやすいように駐車場も広げる。
「登録車の片隅で売るような売り方では軽は売れない。何でもそろえておけば、商談が早まる確率がさらに高まる」。峯川が下した結論だった。
実験として開設したホンダカーズ熊本(熊本県)の店舗では、さらに「半径2キロ以内をじゅうたん爆撃」し、どこの家庭がどのクルマに乗っていて、車検はいつかなどをきめ細かく調べ上げ、販売店が夏祭りを開催するなど地元密着を徹底した。加えて、タブレット端末を使った接客などローコスト運営をふんだんに取り入れた。
効果は数カ月で表れた。まだ「N BOX」を売り出す前の2011年夏。販売が芳しくなかった「ライフ」や「ゼスト」など既存の軽が売れ始めたのだ。「この販売インフラに『N BOX』がのっかれば間違いなく売れる」。峯川は成功を確信した。
現在、販売店の「スモールストア」への改装・新設が相次ぎ、店舗数は250店に拡大、今後さらに増える計画だ。「ホンダの本気度が販売店にようやく伝わった」と峯川はこう振り返る。
「N BOX」と「スモールストア」が牽引(けんいん)役となり、12年のホンダの軽の販売台数は前年の2.5倍超の32万1300台に膨らんだ。二の矢として昨秋放った「N-ONE」も好調で13年の軽販売台数は「N360」のヒットで過去最高を記録した1967年の32万4000台を大幅に上回るのは確実な情勢だ。ホンダの軽の勢いは止まりそうにない。
「軽をおろそかにしてきたホンダが軽に目覚めた」。市場ではこんな声が漏れる。峯川は「小さくなったといっても、日本は中国、米国に次ぐ世界3位の市場。クルマも販売も鍛え上げれば、ポテンシャルはまだまだある」と強調する。
社内でも不可能と思われていた軽復権を果たしたホンダの「N BOX」。日本が自信を取り戻すきっかけの一つになるかもしれない。=敬称略(小熊敦郎)