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【ITビジネス最前線】SaaSが変えた中小の技術投資

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【ITビジネス最前線】SaaSが変えた中小の技術投資

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 ■使いやすさと逃げやすさも魅力

 ソフトウエア・アズ・ア・サービス(SaaS、ソフトウエアをユーザーの端末で動作させずに、インターネット経由で利用するサービス形態)の流行はどの業界にも強い影響を与えているが、特に中規模の企業の技術投資のあり方を大きく変えている。

 大企業にとってみれば、どんな技術でも、新しい技術を導入する費用はとにかく巨額になる。経済的な費用だけでなく、人的なコストも大きい。というのも、往々にして大企業は各部門が連携を持たない縦割り構造で、社員がそれぞれの立場や権益を守ることに固執しがちになるからだ。それが、どんなに企業の経営を非効率にしていたとしても、である。企業の規模が大きくなれば大きくなるほど、意思決定は中央集権的になるものだ。

 対して中規模の企業は、中央集権的か否かにかかわらず、なによりも経済的費用に敏感だ。新しい技術の導入に時間がかかるとすれば、それはその企業にとって経済的なコミットメントが負担になるからである。財務的な負荷が低くなれば、中規模の企業はコストカットに貢献しそうな技術を積極的に試すようになる。SaaSは、そんな企業の強い味方だ。

 ◆消費者向け商品活用

 今、多くの中規模ビジネスは従来の法人向けソフトウエアやサービスにまつわる経済的、および人的コストを回避するため、法人向けではなく個人消費者向けの製品に落ち着いている。

 例えば、ウイルス対策ソフトの法人ライセンスを取得してそれにまつわるさまざまなコストに悩まされるよりも、技術管理者が近所の電気店に行って人気のウイルス対策ソフトを複数購入してしまうというわけだ。

 もう一つ中規模ビジネスと大企業の間に溝があるとすれば、それは会計部門によく表れている。米国では、会計ソフト市場はインテュイットの独占状態にある。1980年代から会計ソフトを提供し続け、時価総額は190億ドル(約1兆8760億円)といわれる。

 しかし、そのインテュイットが今、もっとシンプルな会計・財務管理プラットホームを提供するSaaS型スタートアップの挑戦を受けている。

 大企業の会計の複雑さは、中小企業のそれとは違う次元の話だ。従来の大企業を対象にした会計ソフトを採用することは、米国ではインテュイットのソフトウエアの枠組みと、それに伴う高額の支払いに長期的に縛られることを意味する。中規模のビジネスにとっては割に合わない。結局、市場を牛耳る伝統的なソフトウエア提供企業であっても、二君に仕えることはできないということだ。

 そこに、Xero(ゼロ)のような大規模ソリューションにとって替わる、リーズナブルなサービスが支持される理由がある。ゼロを使えば、シンプルなオンライン上のダッシュボードから、複雑な手続きなしに売掛金・買掛金が請求通り回収・支払いをできているか、確認することができる。

 特に、規模の小さなビジネスが中規模に拡大する過程ではこうしたシステムが欠かせない。ゼロは、米国のほとんどの銀行・金融機関からデータを直接読み込み、また書き出しもできる点が特徴だ。つまり、ゼロのAPIがあれば、銀行からデータを引っ張ってきて自動的にキャッシュフロー計算書に数字を並べられる。画期的なサービスだ。

 ◆試行錯誤し成長

 SaaSが他の何よりも秀でているのは、サービスに相互運用性を与えているところだ。従来の法人向けソフトウエアが、製品ラインアップを用意してそのすべてに企業を縛りつけようとするのとは対照的に、SaaSは、可能な限りたくさんの外部サービスと連携できるように作られるのが常だ。

 SaaSの提供社は、利用する企業の望みが単独のサービスの枠には収まらないだろうということを始めから想定している。顧客企業はソフトウエアありきでビジネスを組み立てているわけではないのだから、ソフトウエアを提供する方が組織に対して継ぎ目のない連携を保証する必要がある。つまり、他の大手ソフトウエアプロバイダーとの簡単な連携方法に加え、プラットホームから外部にデータを出力しやすい手段をも備えなければならない。

 信頼性では従来のソフトウエアに劣ると考える企業もあるかもしれないが、SaaSはそれを使いやすさと、「逃げやすさ」で補っている。つまり、サービスが気に入らなければ、すぐに支払いをやめて、データを取り戻し、使うのをやめればよい。対して、法人契約で購入して何百台ものパソコンにインストールしてしまったウイルス対策ソフトを途中でほうり出そうとしてもそう簡単にはいかない。

 実際、SaaSを使えば、企業はサービスに慣れるまで試行錯誤し、自分のペースで成長していくことができる。サービスの拡張性と相互運用性というSaaSに特有の性質は、中規模の企業にとってはまさに有益だ。組織が大きくなれば、その分サービス提供社に払う額を増やし、もし、組織縮小の場合には減らすことができる。また、豊富な製品ラインアップの利用を強要されることがないため、他のプラットホームとの連携によって情報を連結・強化することができる。

 こうした試行錯誤は、画一的な導入を目指す大企業においてはよしとされないものだ。従来のソフトウエアを利用することは、企業が単独のプラットホームに事業を預けることを意味する。会計ソフトの場合であれば、大企業が事業を預ければ法人向けの巨額の利用料がそこに生まれるわけだ。

 もう一つ例を挙げれば、従来は米シスコシステムズによって提供されてきた法人向けのビデオ会議システムが、多くの企業でスカイプやブルージーンズ・ネットワークといったサービスに切り替えられているとされる。ブルージーンズ・ネットワークはシスコの製品と競合するだけでなく、シスコとの相互運用が可能な作りになっている。

 SaaSは、中規模の企業に選択肢を与える。これらの企業にとって最高の投資は、まず今利用している従来製品と相互運用が可能なSaaSプラットホームを採用することだろう。そして、徐々にその考え方と利便性を社内に吸収していけばよい。

 日本のスタートアップは、大手のシステムと連携可能なSaaSをどんどん生み出すべきだ。そして、自分たちの解決できる問題をオンライン広告で直接中規模の企業に対して訴えかけていく必要がある。近いうちに多くの企業が、従来のライセンス料を支払うのがいかにお金の無駄かということに気がつくのだから。

 文:イジョビ・ヌウェア

 訳:堀まどか

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【プロフィル】Ejovi Nuwere

 イジョビ・ヌウェア ニューヨーク生まれ。全米最大の無線LAN共有サービスFON創業者のひとり。ビジネスウイーク誌により「25人のトップ起業家」に選出される。2008年に日本でオンラインマーケティングに特化したランドラッシュグループ株式会社を設立し、現最高経営責任者(CEO)。

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