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【ITビジネス最前線】ビッグデータ 赤ちゃん誕生の希望に

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【ITビジネス最前線】ビッグデータ 赤ちゃん誕生の希望に

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 ■妊娠管理アプリに活用、不妊患者を応援

 Glow(グロウ:https://glowing.com/)は、ビッグデータを用いてカップルが子供を授かるよう応援するアップルの基本ソフト「iOS」用妊娠管理アプリだ。立ち上げたのは、ウクライナ出身で「ペイパル」の共同創業者として有名なマックス・レヴチン。ビッグデータを使った起業を手掛けるインキュベーション・スタジオHVF(Hard Valuable Funの頭文字)を、彼一人の資金で抱えるほどの億万長者だ。

 グロウは今年HVFからスピンアウトして、サービスをより多くの人に提供するために初めて外部の投資を受け入れ、600万ドルを調達した。HVFの支援するスタートアップの対象分野は消費者金融、法人文書のセキュリティーに加えて、人々の健康問題。レヴチンの意見では、アメリカ合衆国では健康管理にかかる費用があまりにも高すぎる。これは、もちろんアメリカ人の多くが感じていることでもある。

 ◆高額な医療費

 患者は医療費をコントロールする力をほとんど持たず、治療を求めれば現在の医療システムによって高額の医療費を支払わざるを得ない。保険会社、製薬会社、病院が絡み合った複雑な関係が費用を押し上げている。

 グロウもレヴチンの会社も、シリコンバレーで言えば、クアンティファイド・セルフ(自己定量化)という大きなトレンドの一部を形成していることになる。テクノロジーを利用し、自己にまつわるあらゆることを数値化してより良い人生に生かそうとする動きのことだ。身体の中に取り入れる空気や食物などのインプット、気分や血中酸素濃度などのステータス、そして心身両面のパフォーマンスといったことをデータとして取得して、追跡管理しようとする。このトレンドから見れば、患者が自分の健康状態をデータとして持てば、それによってもっと賢い判断ができると考えられる。賢い判断とは、不必要な治療を避けたり、最も重要な治療に焦点を絞ったりすることだ。

 日本でも不妊治療は安くないと思うが、例えばアメリカで体外受精をしようとすれば、その費用は4万ドルにもなりうる。保険会社はその費用をまったくカバーしないことも多く、いくらか保険が適用されたとしてもほんの一部にとどまる。保険会社にとってみれば、受精は選択的な治療であり、急を要しないと考えられるからだ。しかし、子供の誕生を望む家族にとってみれば、受精を成功させることこそ緊急の課題に違いない。

 ◆1000人成功

 グロウというアプリは、基本的には女性の月経サイクルを記録し、管理するツールだ。これによって、カップルはどのタイミングが最も受精しやすいか分かる。しかし、これだけなら、同じことをやってくれるアプリは既にたくさんある。日本でも基礎体温の計測管理については充実したアプリがあるだろう。グロウとそのサービスが他をしのぐのは、グロウがビッグデータを活用しているからだ。アプリは、利用者に対して、月経サイクルの中でどの時期に体がどのような状態にあるか詳細な質問を投げかけ、それぞれの受精に対する試みを記録していく。質問は、基礎体温などのシンプルなものから、月経痛の程度など個人的なものまでさまざまだ。

 質問に対する回答は、グロウのその他すべてのユーザーのデータと照合され、妊娠が妨げられている原因に感染症や病気があるのかどうか判断するきっかけになったり、妊娠に成功した人の結果と比較して、妊娠に近付くためのライフスタイルの改善に役立てたりする。

 これまでに、グロウを使った1000人の女性が妊娠に成功している。この仕組みがうまくいくことを証明しようと、グロウはユーザーから妊娠するまで最長10カ月間、毎月50ドルの資金を集めてプールするグロウ・ファストというサービスを開始した。ユーザーが寄付したお金は、その10カ月間に妊娠できなかったカップルが11カ月目以降に体外受精などの不妊治療をする費用に充てられる。グロウ・ファストは非営利のプログラムであり、グロウがそこから何割かを徴収することはない。ユーザー同士が効率的に助け合える仕組みを提供しているというわけだ。

 今後、グロウが直面する最大の課題は、ユーザーから性生活に関する詳細な個人情報をいかに継続的に提供してもらうかという点だ。しかし、多くのカップルがプライバシーを少々明け渡すことなど妊娠するためなら安いものと考えるようだ。

 不妊治療は年間50億ドル規模の一大産業で、アメリカだけで1000万のカップルが治療を求めている。誰かがこの問題を、ビッグデータを使って解決できるとすれば、レヴチンのグロウほどこれに合う経験を持つチームは他にないだろう。しかし、ファイナンスとは異なり、健康管理は極めて感情的な問題だ。データを収集し、処理し、意味のあるまとまりにして吐き出すだけでなく、プログラムやデータベースでは計測しきれないことにまでうまく気を使わなければ課題の解決に寄与したとはいえない。

 ◆限りない可能性

 ビッグデータを使った健康管理には限りない可能性が広がっており、私は特にマックス・レヴチンとHVFのチームから今後どんなアイデアが形になってくるのか楽しみにしている。人類の健康という分野においては、膨大なデータの高速処理にたけているだけでは足りず、感情的な配慮と深い思いやりが不可欠になってくる。その部分を欠いてビッグデータの利用が進んでしまえば、SF映画によってたびたび描かれてきた、人間性の失われた恐怖世界に近付くことになる。そこでは、健康管理が私たちの健康を守るためではなく、破壊するために行われることになりかねないのだ。

 恐怖はさておき、今のところ、私たちはビッグデータを使って赤ちゃんを作れる時代が来たということができるのではないか。赤ちゃんの誕生によって、家族に、そして私たちにもたらされるのは、希望だ。

 文:イジョビ・ヌウェア

 訳:堀まどか

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【プロフィル】Ejovi Nuwere

 イジョビ・ヌウェア ニューヨーク生まれ。全米最大の無線LAN共有サービスFON創業者のひとり。ビジネスウイーク誌により「25人のトップ起業家」に選出される。2008年に日本でオンラインマーケティングに特化したランドラッシュグループ株式会社を設立し、現最高経営責任者(CEO)。

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