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【ビジネスコラム】サントリー 試される「やってみなはれ」
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「M&A(企業の合併・買収)において、1プラス1は必ずしも2にはならない。3や4になるときもあれば、逆に2に満たないこともある。大切なのは、相手の会社がもつポテンシャリティーだろう」。佐治信忠・サントリーホールディングス(HD)社長は、かつて筆者にこう話したことがある。
そのサントリーが米蒸留酒最大手で世界同4位のビームを買収する。買収金額は160億ドル(約1兆7000億円)と過去最大級。「買収金額は割高」(日本のライバル社)との指摘はある。だが、常識や一般論を飛び越え、ビームの潜在力と可能性とに、佐治氏は賭ける決断を下した。今回の買収でサントリーは、蒸留酒で世界10位から一気に3位に浮上する。
ビームの販売網を使い、今後サントリーは「山崎」や「響」といった高級ブランドをはじめジャパニーズウイスキーを最大市場の米国をはじめ、新興市場など海外で中長期的に拡販していくとみられる。
サントリーにとって「北米にジャパニーズウイスキーを」は、実は積年のテーマだった。
サントリーは創業者、鳥井信治郎氏が発した「やってみなはれ」がDNA。信治郎氏は1934年から、禁酒法が廃止されたばかりの米市場に山崎蒸溜所でつくったウイスキーを輸出した。それなりに人気だったが、太平洋戦争が始まり中止されてしまう。
戦後も、ビールに参入したのと同じ1963年に、メキシコにウイスキー工場を建設する。実行したのは創業者の次男であり第2代社長の佐治敬三氏。敬三氏は「生きて日本の土を踏むな」と羽田空港でスタッフを見送った。しかし、一大プロジェクトは失敗する。工場が高地にあったため、長期熟成の段階で樽(たる)からウイスキーが揮発してしまい出荷はできなかったのだ。メキシコ工場は「サントリー史上最大の失敗」とも揶揄(やゆ)されるが、現在は熟成を必要としないリキュールの「ミドリ」を生産している。
そして今回のM&Aを決断したのが、敬三氏の長男である第4代社長の佐治信忠氏。創業者から3代にわたる挑戦により、北米ウイスキー市場にサントリーは橋頭堡(きょうとうほ)を確保したといえよう。
信忠氏は30代だった1980年にペプシコーラの在米ボトリング会社を買収した経験をもつ。日本で98年からサントリーがペプシを扱うきっかけにもなるが、信忠氏はM&Aと北米とを知る経営者でもある。とりわけ、80年以降、サントリーには“M&A後”の失敗がほとんどない。しかし、今回は規模は違う。
蒸留酒は、ウイスキーなど高級酒が多く品質がより問われる分野。世界の酒類業界は90年代半ばから、大がかりな再編を繰り返してきたが、M&A後に品質が劣化したブランドも少なくない。酒づくりのこだわりよりも、生産効率が優先されてしまうためだ。
大型買収を果たした日本企業・サントリーの酒づくりは、果たして米市場をはじめ世界で通用するのか。1プラス1の答えとともに、「やってみなはれ」が試されていく。(経済ジャーナリスト 永井隆)