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【開発物語】ジェイアイエヌ「JINS 花粉Cut」
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花粉が上方から目の中へ浸入する様子を再現した実験。花粉Cutをかけると浸入をほぼ防げることが分かる ■「カット率」98%、普段使いを追求
≪STORY≫
今や日本人の4人に1人が苦しみ、国民病とも呼ばれる花粉症。患者数の増加は医療費などの新たな負担をもたらす一方、企業にとっては絶好のビジネスチャンスでもある。今年も活発な商戦が展開されるなか、数ある対策商品の中でも注目されているのが、ジェイアイエヌの「JINS 花粉Cut」だ。1月発売の第3弾は、目への浸入を防ぐ割合を示す「カット率」で98%を達成。しゃれたデザインとあいまって、普段眼鏡をかけない人にも人気を集めている。
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「売れていることにうぬぼれたらだめだ!」
発売されたばかりの第2弾が好評で、品切れが相次いでいた1年前。花粉Cutのプロジェクトチームを率いる鈴木博明国内事業本部商品企画グループリーダー(40)は、第3弾の開発を始動させるに当たり、集まったメンバーにハッパをかけた。
花粉Cutが登場した2011年以前の花粉対策眼鏡は、ゴーグルのような外観の商品が主流だった。確かに、それなら隙間がないので花粉の浸入は防げるが、デザイン性は犠牲にせざるをえず、結局ろくに使われないのがオチだった。
これに対して、同社は花粉をシャットアウトするとともに、形状を一般の眼鏡に限りなく近づけ、「普段使い」できることを目指した。特に第2弾は、前年の第1弾よりすっきりしたデザインながら、花粉カット率が90%から93%に向上。発売早々に4倍の16万本を売り切った。
だが、鈴木さんは、販売好調を喜ぶ社内をよそに危機感を感じていた。
ようやく歯止めがかかりつつあるとはいえ、国内市場は大幅に縮小。自ら価格競争を仕掛け、「眼鏡業界のユニクロ」と呼ばれるJINSといえども安泰ではない。
第2弾が予想以上の人気になり、品切れで買えない人が続出したため、顧客にそっぽを向かれる恐れもあった。一過性の人気に終わらせず、定番商品に育てないといけない-。
「機能性とデザイン性の両立」という基本コンセプトは第2弾で確立済み。残るは、機能とデザインのそれぞれを地道に高めるだけだ。もちろん、たやすいことではないが、新しい仕掛けは用意していた。
ちょうどプロジェクトが始動したのと同じ月、「新しいことにトライしよう」と田中仁社長(51)が発案し、社内にR&D室が置かれた。R&D室からプロジェクトに参加した井上一鷹(かずたか)マネジャー(29)は「研究開発部門を持つのは眼鏡業界で初。組織を作ったこと自体に意義があったし、(第3弾には)R&D室が関わる初の商品という、象徴的な意味があった」と説明する。
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その成果はすぐに現れた。空中を舞う花粉は、やがて自然に落下し、目の上方から中へ入る。そこで両国眼科クリニックの深川和己医師に協力を依頼。花粉に見立てた蛍光パウダーを、眼鏡をかけた人頭模型の上からふりかけ、飛散する様子を再現した。飛散の様子をより正確に把握し、花粉Cutがどれだけ浸入を防いでいるか、分かりやすく示してみせた。
こうした実験を重ねることにより、限界と思われたカット率は98%とさらに向上した。これは一般的な眼鏡(51%)の2倍近い水準だ。
実験で使った疑似花粉は30マイクロメートルから40マイクロメートルの本物より小さく、黄砂(約4マイクロメートル)とほぼ同じ大きさ。黄砂から身を守る上でも効果があることになる。
デザイン面も新機軸を打ち出した。3次元データを入力し、立体物を作製する3Dプリンターの導入だ。
デザイン性の向上と一口に言っても、実際には製造のしやすさやコストを考慮する必要があり、図面を引くだけでは終わらない。たとえば金型をスムーズに抜くための「抜き勾配」と呼ぶ傾斜を設けなければいけないなど、さまざまな制約が立ちはだかる。このため、開発するごとに膨大な量の試作品が生み出されるのが常だ。
それまでは試作するごとに金型メーカーへ発注していたが、3Dプリンターの導入はデザイン現場での試作を可能にした。
「1個の試作に2~3週間かかっていたのが1日でできるようになり、より多くのデザインを試せた」。デザインを担った商品企画グループの北垣内(きたがいと)康文デザイナーリーダー(34)は振り返る。
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こうして出来上がった第3弾は、テンプル(こめかみ)部分のフレームをより細くし、スタイリッシュな印象を添えた。一方、レンズ周辺部分のフレームにつける「フード」と呼ぶ覆いについては、花粉が浸入しやすい上部を深くし、より顔に密着するようにした。フードは透明なので、深くしても普通の眼鏡とあまり違ってみえない。
3Dプリンター導入の効果で、ラインアップも第2弾の4型16種類から6型32種類に増えた。販売面では第2弾のさらに2倍以上の販売を見込むほか、黄砂や粉塵(ふんじん)の被害が深刻な中国でも24日から本格販売する予定だ。
「第1弾から関わってきたが、今回でようやくやり尽くせた」(北垣内さん)
もっとも、商品力強化に必死なのは同社だけではない。花粉対策用でも、他社はマスクをしても曇らないレンズなどで応戦。簡単に独走が許されるような甘い世界ではない。
「圧倒的に良い商品を用意していかないと。カット率は100%にしたいし、ゆくゆくはPM2.5(微小粒子状物質)も高い確率で防げれば」。鈴木さんは早くも次を見据える。
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■本音のコミュニケーション大切に
≪TEAM≫
ここ数年、画期的な商品を次々と生みだし、急成長を遂げてきたジェイアイエヌ。その背景には、市場縮小への危機感もあるとはいえ、やはり経営者の存在が大きい。
ある社員は田中仁社長のことを「進取の精神にあふれていて、挑戦を恐れない」と評する。急成長を遂げ始めた2009年には、まだ本部の社員が60人に満たない小さな会社だった分、経営トップのそうした姿勢が今も社風に色濃く反映されやすい。
現在は約150人まで膨らんだ本部社員の8割以上が中途入社組。大半が社風に憧れ、会社をキャンバスに自分の夢を描こうとやってきたという。
花粉Cutのプロジェクトメンバーもそうだ。統括役の鈴木博明さんはアパレル企業、井上一鷹さんは経営コンサルティング会社、北垣内康文さんはデザイン会社、そしてプロモーション戦略を担うマーケティング室の井垣絢(あや)子リーダー(29)は広告代理店から、それぞれ新天地を求めてやってきた。
井垣さんは「自分の手で商品を育ててみたいと思い入社した。『あたらしい、あたりまえを。』という会社の理念に共感している」と話す。
明確な夢を持って入社してきただけに、メンバーはそれぞれが一家言を持つ。しかも異なる部署から参加しているとなれば、まとまりを欠きやすいようにみえるが、そうではない。
鈴木さんは「確かに最初はバラバラだったが、コミュニケーションを密にすることを心がけた」という。北垣内さんも「デザインを決めるまでに鈴木さんとは何度となく言い合った。でもそれは同じ方向をみているから。夫婦に近い」と笑う。
ジェイアイエヌは11年夏の新オフィス移転を機に、個々の社員が自分の机を持たない「フリーアドレス」を採用した。これもセクショナリズムを排除し、活発に意見を交わせる雰囲気を作るのに役立っている。
徹底して本音で語り合うが、チームワークも大切にする-。それがJINS流だ。
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■国内縮小 機能性追求で需要開拓
≪MARKET≫
国内の眼鏡市場は、ここ10年で3分の2の約4000億円まで縮小した。「新御三家」と呼ばれるジェイアイエヌと、「Zoff」のインターメスティック、OWNDAYS(オンデーズ)が格安品で市場を席巻し、低価格化が一気に進んだことが大きい。
もっとも、価格破壊を仕掛けたジェイアイエヌも勝者だったとは言い難い。一時は競合の追撃で安さの魅力が薄れ、2009年8月期まで2期連続で最終赤字に陥っている。
同社が状況を打開し、急成長を遂げ始めたのは、09年9月発売の軽量フレーム「エア・フレーム」が大ヒットしてから。11年9月には、モニターが発する青色光を遮断し、眼精疲労を和らげるパソコン用の「JINS PC」を発売。現在までに350万本以上を販売している。
花粉対策商品の市場規模は1500億円にのぼるともいわれ、患者数も増加傾向にあるとみられる。花粉Cutは、それらに次ぐ収益源に育つ可能性を秘める。これまでの眼鏡は視力矯正を目的に買われることが多かったが、PC用や花粉Cutはそれとは別の機能をうたい、普段かけない人やコンタクトレンズ利用者にも向けられたものだ。視力矯正目的での販売拡大が見込めない中、新たな需要の開拓につながる「機能性」を追求する動きは今後も続きそうだ。
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≪FROM WRITER≫
「人間万事塞翁が馬」
ジェイアイエヌの田中仁社長が好きな言葉だ。「人生における幸不幸は予測しがたい」との意味だが、田中社長は「うまくいっているときにこそ落とし穴がある」と、やや独自の解釈をしている。
ジェイアイエヌはかつて格安一辺倒の路線が行き詰まり、2期連続の最終赤字という事態を招いた。田中社長は、かつて服飾雑貨業を営んでいたころにも浮き沈みを味わっている。そんな苦い経験が、独自の危機意識につながっている。
すごいと感じるのは、好調期こそ危機感を抱くべきだといいつつ、守りには入らず、「だからこそ挑戦すべきだ」とも訴えている点だ。十分に売れていながら現状に甘んじず、カット率やデザイン性の向上をさらに追い求めた花粉Cutは、田中イズムを体現した商品といえるだろう。(井田通人)
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≪KEY WORD≫
■JINS 花粉Cut 格安眼鏡チェーン「JINS」を運営するジェイアイエヌが2011年から販売している花粉対策用眼鏡。「現代人の眼を保護し、健康な眼をサポートする」ことを目指して展開している「機能性アイウエアシリーズ」の一つ。フレームのレンズ周辺部分に「フード」と呼ぶ覆いをつけ、花粉の目への浸入を食い止める一方、同様の商品にありがちな「大きくて重く、デザイン性に欠ける」というイメージを覆した。今年1月に発売した最新の第3弾は、目への浸入を防ぐ「カット率」が花粉で98%、黄砂で97%に達する。価格は2990~3990円。