ニュースカテゴリ:企業
電機
シャープ・町田氏の去就に注目 「不幸な期間」財界から身を引くカリスマ
更新
大商副会頭に就任し、会見するシャープの町田勝彦氏=平成19年8月3日、大阪市中央区 経営再建中のシャープの町田勝彦特別顧問が、大阪商工会議所副会頭を3月末で辞任すると表明した。任期は10月末だが、シャープの経営が危機的状況から脱しつつあるとして、高橋興三社長に財界活動を引き継ぐ時期だと判断したという。町田氏は、巨額赤字を招いた原因をつくった時期の経営者として一時は社内で完全引退も検討された経緯はあるが、特別顧問は続投の意向だ。関係者は「無報酬で経営への影響力はすでになく、会社から辞めろは言わないだろうが…」と複雑な表情で去就に注目している。(松岡達郎)
「副会頭と大商の議員を辞めることになった」
3月14日の大商正副会頭の定例会見の冒頭、町田氏は副会頭退任を表明した。
「本来なら特別顧問に退いた昨年6月に交代すればよかった」と述べ、もっと早く退任を考えていたことを明らかにした。ただ、当時は巨額赤字を計上したシャープが経営危機から回復への道が不透明で、高橋興三社長は就任したばかりで経営の立て直しに専念する必要があったとした。
「今はシャープの経営も地に足がついてきて、社長も慣れてきた」と、財界活動を高橋社長に引き継ぐタイミングになったことを強調した。
当時の野村明雄会頭のラブコールもあり、町田氏は平成19年7月27日付でシャープ会長として大商副会頭に就任した。それまでシャープは財界活動とは距離を置いており、首脳が財界の要職に就くのは初めてだった。
就任直後の同31日、シャープは堺市に大型液晶テレビ向けパネル新工場を建設すると正式に発表し、関西での巨額投資と雇用への貢献に対する期待が高まっていた。町田氏も記者会見で「これまで身の程をわきまえた経営をしてきたが、平成19年3月期の連結売上高が3兆円を超え、社会貢献は当たり前になった」と胸を張った。
就任後は、主にモノづくりの振興に関する業務を担当した。一時は「ポスト野村」の大商会頭候補に名前が挙がったこともあったが、本人は在任6年8カ月について「副会長就任後にリーマン・ショックがあり、とくに平成21~24年は日本でモノづくりをやろうとする機運が止まった不幸な期間だった」と振り返る。
「不幸な期間」は、皮肉にも町田氏が会長を務めたシャープを直撃した。世界的な不況に加え、主力の液晶テレビは汎用性による価格下落に苦しんだ。部品を集めて組み立てれば、一定の製品がつくれる時代に突入。安い人件費を使って安価な製品を量産できる韓国や台湾勢が伸長し日本勢は「売れば売るほど赤字になる」状態に陥った。
この時期に堺工場が本格稼働し、すぐに在庫の山を築いた。皮肉なことに「世界の亀山」に続いて「世界の堺」を目指した4千億円超の巨額投資が経営危機の原因になったとして、町田氏と後任社長の片山幹雄氏(現・技術顧問)の経営責任を問う声が大きくなっていった。
町田氏は副会頭の退任を表明した会見終了後、シャープ特別顧問について「あれはそのまま。肩書きといっても実質的に何もしていないから」と話した。
町田氏は昨年6月、経営責任を明確にするため、シャープの相談役から特別顧問に退いた。2期連続の巨額赤字を招いたとされる液晶工場への巨額投資を進めたこともさることながら、鴻海(ホンハイ)精密工業との提携・出資交渉では当時の社長、奥田隆司氏(現会長)抜きで郭台銘会長と会談するなど影響力を誇示し、多頭経営による混乱の象徴としても取引先や金融機関などから批判を招いていた。
シャープでは、奥田氏の社長時代に62年ぶりの希望退職で約3千人が退社しているだけに、社内では特別顧問もなく完全引退も検討されたというが、町田氏については、「大商副会頭として財界活動を続けるうえで、シャープで何らかの肩書きは必要となるため、特別顧問として処遇することにした」(関係者)とされた経緯がある。この特別顧問は無報酬で社内での個室や秘書、送迎車なども廃止されている。
それだけに、町田氏の副会頭退任を機に特別顧問も辞職を求める声が社内で強まっているというと、今はそうでもないという。
関係者は「高橋社長のスローガンも『けったいな文化を変える』から『良い文化を創る』に変わったように、社内の空気は、過去の全否定から先人たちの優れた文化は残すように変わった。町田氏はそれなりの功績のあった人で、すぐ会社から去れ-ということにはならないのでは」
シャープは平成26年3月期の通期業績予想を上方修正し、営業損益で1千億円の黒字(前期は1462億円の赤字)を見込んでいる。過去の経営との決別路線が微妙に変化したようにみえるのは、シャープが経営危機から脱し、潮目が変わったことを物語っている。
町田氏は副会頭退任を表明した会見で「これから関西が世界に存在感を示すことができる時期がくる。陰ながら応援したい」と話した。経営者としてだけでなく、財界活動から身を引くかつてのカリスマ経営者のこの言葉は「不幸な期間」を乗り越えつつあるシャープの社員たちに向けられたものかもしれない。