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【底流】老舗武田薬品 嵐の中の船出 外国人トップ体制に厳しい視線
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株主総会を乗り切った武田薬品工業のウェバー新社長と長谷川氏(右上)。ただ、創業一族からは「失敗すれば総退陣」との制約をつきつけられている(コラージュ) 英製薬大手グラクソ・スミスクライン出身のクリストフ・ウェバー氏を新社長に迎えた武田薬品工業の新体制が嵐の中で船出した。先月27日の株主総会では、OBや創業家の一部が日本人社長の選任を要求。ウェバー氏は、自身の出自さえもやり玉に挙げられた。臨床研究への組織的な不正関与や、低迷する業績という難題に立ち向かうウェバー氏には、数々の逆風が待ち受けている。
「来る気はなかったが、一連の報道を見て出席することにした」
武田の株主総会に鳥取市からかけつけた男性株主(77)はこう打ち明ける。同様に「十数年ぶりに来た」という大阪市の女性株主(83)など、不祥事や一部創業家などの“反乱”に対する関心は高く、総会には昨年に比べ1400人以上も多い4141人の株主が出席した。
「タケダを効果的にリードできると自負している」と、自身の取締役選任などに理解を求めたウェバー氏や、長谷川閑史社長(総会後に会長就任)に対し、株主質問では痛烈な声が飛んだ。
「これは乗っ取りだ」
発言したのは、創業家の一部やOBなどで結成した「タケダの将来を憂う会」代表を務めたOBの原雄次郎氏だ。同会は今年1月に結成され、原氏は2月、長谷川社長と面会し、日本人社長の選出を求めていた。
原氏らは事前質問で、外国人を数多く取締役や経営幹部に選任してきたことについて、「形の上からのみの実態を伴わないグローバル化」と指摘した。確かに武田は近年、外国人を含めた外部からの取締役や、上級幹部の起用を加速している。今回の総会を経て、取締役7人のうち3人が、経営幹部会議の定例メンバーの9人のうち5人が、外国人となった。
「今のタケダはおかしい」「このままではタケダはダメになる」-。
昨年来、原氏らOBのもとには、現場にいる現役社員からの切実な声が集まったという。外国人をはじめとする経営幹部に外部からの起用が増える一方で、研究職の幹部らの離職などもあり、武田の発展を支えてきた創薬など中核技術の流出への危惧が現場に広がった。原氏らが「憂う会」を立ち上げたのは、こうした武田への懸念が背景にある。
原氏らに対し、長谷川氏は「ミレニアム社は買収時に期待した以上の貢献」「ナイコメッドも大きな貢献をしている」などの成果を理由に反論。ウェバー氏についても「きちんと社内の意思決定プロセスを踏んで迎えた人材」と重ねて強調した。
総会の最後に一人の株主が質問に立った。「武田でございます」と名乗ったその株主は、創業家一族の一人。穏やかな、だが芯の強さを感じさせる口調で、こう質問した。
「本当に順風満帆。報道などでは心配事もいっぱいあるが、今日の長谷川社長を見れば心配事はまったくない。素晴らしい将来が期待できる。だが、もしそれが実行できなかったら総退陣する覚悟はあるのか」
創業家が突きつけた覚悟に、長谷川氏は「経営者はコンプライアンス(法令遵(じゅん)守(しゅ))を守って結果を出すのがすべて。実績が期待通りに上げられなければ、そこで責任を取るのは当然。ウェバーもそういう気持ちで社長就任を引き受ける」と応じざるを得なかった。
長谷川氏がコンプライアンスに言及したのは、同社の降圧剤「ブロプレス」に関する臨床試験で、京都大などに約37億5000万円を提供し、公正性に疑念を生じさせかねない関与や働きかけがあったためだ。長谷川氏は「コンプライアンスが足元の部分で崩れたことについては痛恨の極み」とも述べた。だが、問題の根は深く、さらに問題が拡大する可能性もある。
また平成20年3月期に3500億円以上あった最終利益は、27年3月期に850億円まで落ち込む見通しだ。業績回復への道筋は険しい。
SMBC日興証券の中沢安弘シニアアナリストは、「大半の社員が外国人となり、社名変更や人材流出などのリスクを伴う現状に、OBが異論を唱えるのはもっともな話」と一定の理解を示す。一方で、「海外展開は国ごとで規制や売れる商品も異なり、経験ある海外幹部を起用する考えも理解できる」とも指摘する。議決権ベースではわずかな力しか持たず、新取締役の選任などの議案は会社側提案が採択された。だが原氏が「一石を投じることはできた」と話すように、ウェバー新体制に注がれる視線はおのずと厳しくなる。きちんと数字を伴った結果を示さない限り、「総退陣」の言葉が、重みを持ってのしかかってくる。(兼松康)
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