SankeiBiz for mobile

【ビジネスアイコラム】サントリーが示す事業承継の意味

ニュースカテゴリ:企業の経営

【ビジネスアイコラム】サントリーが示す事業承継の意味

更新

 「事業を継承するのは難しい。(私が)65歳になった時、後継者について真剣に考え、以前から付き合いのあった新浪さんをと考えた」。佐治信忠・サントリーホールディングス社長(68)は、10月1日付で社長に就任する新浪剛・ローソン会長(55)への事業承継について語る。

 「私自身が社内で後継者を育てられなかった一方、候補者はいても若すぎた。(新浪氏と)知り合わなければ、人が育つまで私が続投するか、ヘッドハンティングで対応するしかなかったろう。今回は幸運だった」とも佐治氏は話した。

 あまたある中小企業からサントリーのような同族の大企業まで、経営トップがみな迷うのが後継者への事業承継だ。都内で30人規模のサービス企業を経営するNさん(58)は、事業承継で悩み続けている。「創業して25年、超ワンマンで走り続けてきた。このためか、社員は“イエスマン”ばかり。60歳で引退して、好きなことをやろうと決めているが、今のままでは辞められない。私の責任でもある」と嘆く。

 鈴木修・スズキ会長兼社長(84)は、1978年に社長に就任。以来、一貫して経営トップを務めている。「死ぬまで(経営を)やる」は口癖。「(事業承継は)何とかなるよ、考えても仕方ない」とうそぶき、「(本当に困ったら)俺は“戻ってくる”」などと、けむに巻く。いまも世界の現場を走り回り、健康管理も怠りない。とはいえ、「修会長の存在はスズキの強さである一方、最大リスク。少なくとも、社長には誰かを指名する時期」との声は社内外から上がっている。

 『中内功のかばん持ち』(プレジデント社刊)を昨年上梓(じょうし)した恩地祥光・レコフ社長は指摘する。「ダイエーが破綻したのは、多角化など拡大策が原因ではない。事業承継ができなかったから。中内さんほどの経営者でも失敗した」。中内氏は、ダイエーやローソンなどの創業者。恩地氏は77年にダイエー入社、中内氏の秘書役、経営企画本部長などを歴任する。

 中内氏は大手企業の社長や役員の経験者を数多く集めていた。つまり、ブルペンに後継候補はいつもいた。ヤマハ社長から1982年にダイエー副社長に転じた川島博氏もその一人。経営が悪化したダイエーを再建させた川島氏だったが、最終的に中内氏に更迭されてしまう。90年代には、長男で副社長だった中内潤氏(59)へのバトンタッチも、しそうで最後までしなかった。恩地氏は著書の中で「事業承継のタイミングで早すぎるということはない」と指摘している。

 今回のサントリーのトップ人事は、社長という専門職を外部から招いた点で意味は大きい。遅れていた海外展開を加速させていく一方、同族企業にとっての事業承継の選択肢を広げる手法を示した。実績ある経営者をブルペンに集めても起用しなければ宝の持ち腐れだ。「あれほどの経営者が…」と言われてからでは、もう遅い。(経済ジャーナリスト 永井隆)

ランキング