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グーグルグラスよ…安らかに眠れ 「夢のIT機器」が抹殺された理由
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華々しく登場したものの、盗撮による個人のプライバシー侵害リスクなどにさらされ、テスト版が発売中止となったグーグルグラス…(AP) さて、今週のエンターテインメントは久々となるIT(情報技術)関連の話題です。
ご存じの方も多いと思いますが、あの米グーグルが2012年、眼鏡型の端末「グーグルグラス」というものを発表しました。右目の部分に仕込んだディスプレーがネットの画面になっていて、現実世界とネットの世界を同時体験できると脚光を浴びた夢のIT機器です。
行きたい場所を声に出すと、眼前のディスプレーに自分が今居る場所から目的地までの地図(グーグルマップ)が一瞬で表示されるほか、音声操作で自分が目にしている風景を動画で録画したり、電子メールの送受信ができたりします。
米国で2013年からテスト版の製品が1500ドル(約17万円)で販売中でしたが、テスト版ではない完全な商品の発売を待つ声も多かったように思います。
さらにこの製品の登場以降、米アップルは昨秋、腕時計型の端末「Apple Watch(アップルウオッチ)」を今春に発売すると発表するなど、身に付ける「ウエアラブル端末」が今後、スマートフォン(高機能端末)並みの巨大市場を生み出すと期待されていました。
だがしかし。グーグルは19日でこのグーグルグラス(通称=グラス・エクスプローラー・プログラム)の発売を中止したのです。グーグル側は「今後も研究開発は続けます」とのコメントを発表しましたが、それなら販売をわざわざ中止する必要はありません。
つまり“こんな商品、売れやしない”というわけで、市場から葬り去ったのです。夢のIT機器ともてはやされたグーグルグラスがなぜ早々と葬り去られたのか。今回はこの一件についてご説明いたします。
発売中止のニュースは、15日付で米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)や英紙デーリー・テレグラフ(いずれも電子版)など、欧米主要メディアが一斉に伝えました。
グーグル側は公式サイトで「グーグルグラスはまだ幼年期で、皆さんが最初の1歩を踏み出すことでわれわれに歩き方を教えてくれた」と顧客への感謝の意を示したうえで、グラス部門はグーグルXから「卒業」すると表現しました。
しかし、前述したように、グーグル側は研究開発の継続は続けると明言したものの、正式版はもちろん、次のテスト版の発売時期すら明らかにせず、グーグルグラスの研究開発部門も、自動運転車といった次世代技術の開発を一手に担う「グーグルX」から分離するといいます。
グーグルでは、駅や商業施設の詳細な構内図が見られる「インドア・マップ」のように、一旦、グーグルXから分離した事業が最終的に成功を収めた例が少なくありませんが、グーグルグラス部門の分離に関しては、業界アナリストや専門家も先行きを悲観的に見ています。
欧米主要メディアでは、多くの関係者が葬り去られた理由について分析していますが、理由は3つに絞られます。1つ目は本体の価格が1500ドルと高額なこと。2つ目は専用のアプリがないこと、そして3つ目は、個人のプライバシーを侵害するロクでもない機器との認識が定着したことです。
英セントラル・ランカシャー大学でコンピューター学を教えるニッキー・ディアノ上級講師は前述のデーリー・テレグラフ紙に「テスト版に(いつまでも)高額を支払わねばならないのも問題だが、私にとって最大の失望は専用アプリがないことだ」と訴えました。
確かにその通りでしょう。グーグルがグーグルグラスの研究開発に着手したのは2011年の半ばです。デーリー・テレグラフ紙は、テスト版の時期が長すぎることも消費者に疑念や不信を抱かせたフシがあるとも指摘しています。
そしてディアノ氏をはじめ、最も多くの関係者が指摘するのが専用アプリの問題です。当初、IT企業は、グーグルグラスのエンタメ機器としての高い将来性に着目し、ビデオゲームを中心とした、さまざまな専用アプリの開発に着手しました。
ところが昨年11月14日付ロイター通信などによると、専用アプリを開発していた16社のうち、簡易ブログのツイッター社など9社が、グーグルグラスの購入者の少なさなどを理由に開発を中止したのです。
カナダ・トロントに本社があるリトルガイゲーム社のトム・フレンセル最高経営責任者(CEO)はロイター通信に「グーグルグラスが2億セット売れていたら話は別だが、現時点では市場がない」と言い切りました。
そして、個人的にはこれが最大の理由だと思うのですが、この機器で個人のプライバシーが著しく侵害されるということです。
実際、自分の眼前の光景が音声操作で録画できるとあって、米では盗撮防止を理由に着用を禁止する飲食店などが続出したほか、着用中の自動車運転も交通違反との指摘が。英国でも昨年、開発者向けに1000ポンド(約17万8000円)で発売されたのですが、映画館では英米とも館内での着用を一斉に禁止しました。
さらに、以前の本コラムでご紹介しましたが、昨年10月には、グーグルグラスを毎日長時間使い続けて心身に異常をきたし、遂には「依存症」となった男性まで登場し、物議を醸しました。
そのため、米調査会社フォレスター・リサーチの最近の調査では、米国の成人の50%が、実物を見ていないにも関わらず、プライバシーを侵害する機器だと認識しているとの結果も出ています。実際、米ネットオークションのeBay(イーベイ)では定価の半額で出品されており、多くの消費者は関心を失っています。
というわけで欧米主要メディアの報道は、いまのグーグルグラスは2度と市場に現れることはないとの論調で一致していますが、個人的に一番面白かったのは、17日付の英高級紙インディペンデント(電子版)の記事です。
「RIP(安らかに眠れ)、グーグルグラス」と題したこの記事では、グーグルグラスのように世界を変えると言われながら、結局、忘れ去られた5つの発明を紹介しています。
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ちなみに、グーグルグラス着用者は米国でGoogle Glass(グーグルグラス)と「asshole」(アスホール=けつの穴=ドアホの意味)の造語「glassholes(グラスホールズ=眼鏡ドアホ)」と嘲笑されていますが、この電気自動車は、利用者が嘲笑されたという意味でグーグルグラスの元祖的存在とのこと。
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因みに米セグウェイ社を2009年に買収した英国の資産家は、自宅近くの林道をセグウェイで走行中、9メートル下の川に転落して亡くなりました…。
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前述のインディペンデント紙は「多くの発明は世界を変えることを約束されているが、幾つかは決してそのチャンスを得られない。発明自体が粗悪だったためだが、多くの場合は登場する時期が悪かったり、困惑するようなものだったことが理由に挙げられる。グーグルグラスの場合は恐らく後者で、グーグルは違った形態で(グーグルグラスを)再登場させる可能性がある」と分析しています。 (岡田敏一)