ニュースカテゴリ:企業
中小企業
【神奈川発 輝く】リープ 店舗ごとに独自クラフトビール開発
更新
「T.TBREWERY中島工場」には、出来たてのクラフトビールを楽しめる店舗もある=川崎市川崎区 川崎市内で飲食店を経営する「leap(リープ)」が5月、クラフトビールの醸造所を開業した。醸造所内でオリジナル商品を販売するほか、自社の店舗ごとにオリジナルのクラフトビールを開発、販売するという斬新な取り組みも注目を集めている。
◆つまみは自前
とある金曜日の午後5時。川崎市川崎区の商店街「中島中盛会」の一角にある「T.T BREWERY(ティーティーブルワリー) 中島工場」に人が集まり始めた。「前から気になっていたけどあまり開いてないからやっとこられたよ」「何から飲んでいいかわからないからお勧めを教えて」。店員と客がこんな会話をしながら「最初の1杯」を決めていく。醸造所内に設けられた15席はすぐに埋まり、客が近くの店で買ってきた焼き鳥や総菜をつまみにクラフトビールを楽しむ姿が見られた。
5月15日に開業し、リープが手掛ける8つ目の店舗でもある同店は、ほかの7店舗とはコンセプトや販売スタイルが全く異なる。他店舗はJR川崎駅前に集積しているが、同店だけが川崎駅から遠く離れた小さな商店街の中に店を構える。他店舗は「お好み焼き」「そば」など食事メニューにも力を入れるのに対し、同店ではスナック程度。店の前には「ご近所のお総菜、出前など持ち込みいただけます」とわざわざ書いてあるほどだ。
リープの寺田哲也社長(46)は「ベルギーなど欧州では町ごとに醸造所があり、その土地でしか飲めない地ビールを飲むために人が集まる。そんな空間を作って商店街に人を呼び込み、商店街活性化にも貢献したかった」と狙いを説明する。
◆独創のラインアップ
寺田社長がクラフトビールの自家醸造に興味を持ったのは2年前に遡(さかのぼ)る。川崎市多摩区でクラフトビールの専門店「ムーンライト」を経営し、昨年77歳で亡くなった山中貞博さんと出会った。ムーンライトのクラフトビールを自社店舗で販売したいと相談したところ、山中さんから「うちの商品を販売するのではなく、自分でビールを造ってみないか」と提案された。「お酒は仕入れて売るものだと思っていたが、話を聞いた瞬間に『これだ!』と思い、その場で即決した」と振り返る。
その後の動きは早かった。自ら酒類製造免許のための勉強を始め、煮沸釜などクラフトビール造りに必要な道具をそろえた。今年2月に免許を取得してからは理想の味を求めて試行錯誤の日々が続いたが、ついにおいしさと独創性を兼ね備えた珠玉のラインアップがそろった。
「T.T BREWERY 中島工場」で造られたクラフトビールは、リープの経営する「T.T BREWERY 川崎チネチッタ通り店」(川崎区)で常時7種類を提供するほか、別店舗ではそれぞれ異なったオリジナル商品を開発して提供を始めた。
例えば、お好み焼きともんじゃが食べ放題の「SABOTEN 仲見世店」(同)では、ピルスナーの優しい飲み口にハレタウホップをふんだんに投入してできた「サボテンエール」を提供。寺田社長は「クラフトビールと知らずに飲んだお客さまが『これ何? おいしい』と反応してくれるのがうれしい。食事だけでなく、クラフトビール目当てにお店を訪れてくれたら」と期待を込める。
全国的に醸造所が急増し、ビール大手も参入するなど盛り上がりを見せるクラフトビール市場だが、「味はもちろん、アイデアで差別化を図っていく」と意気込む。(古川有希)
◇
【会社概要】リープ
▽本社=川崎市川崎区東田町2-10
▽設立=1995年7月
▽資本金=1000万円
▽従業員数=74人(パートタイム含む、6月時点)
▽事業内容=飲食店経営、クラフトビール製造・販売
◇
≪インタビュー≫
□寺田哲也社長
■本格的な醸造工場作りたい
--リープを設立したきっかけは
「19歳で父親を亡くして家族を養うため、夜間にバーでアルバイトを始めた。4年間で600万円近くため、バブルが崩壊した1991年、川崎駅近くにショットバー『HASHISHI』を開業した。お客さまの中に『ここで働きたい』という人たちが現れ、修業をしてもらいながら店舗数を拡大し、95年にリープを設立した」
--社員教育で大切にしていることは
「週に1回『寺田塾』と題した勉強会を開催し、独立支援や経営のノウハウなどを伝授している。当社に入社してからすでに16人が独立した。あとは6年前から給与を出来高歩合制に変えた。仕事を頑張ればわが身に返ってくるということもそうだが、店の売り上げはお客さまの店に対する評価であり、お客さまにどう喜んでいただくかを意識するようになるからだ。私より給料が高い社員も2人いる」
--川崎での店舗展開にこだわる理由は
「店舗を集積させると、店舗間の人員配置で融通が利く。川崎での飲食業歴が長いので、不動産屋からいい物件を先駆けて知ることができるのも大きい。何より、川崎の人は地元愛の強い人が多い。私自身も物心ついたときから買い物や遊びは川崎駅周辺で、川崎には深い愛着がある」
--クラフトビール醸造事業での今後の事業展開は
「1回の仕込み量は200リットルで、現在の生産能力では自社店舗への供給が精いっぱい。次のステップとして本格的な醸造工場を作り、クラフトビールの提供を希望する店のオリジナルビールを造る事業を拡大することも考えている。クラフトビールを飲んだ瞬間の驚き、新たな発見をたくさんの人に体感してほしい」
◇
【プロフィル】寺田哲也
てらだ・てつや 専門学校卒業後、1991年にショットバーを1人で開業、鉄板居酒屋やお好み焼き屋、パーティースペースなど8店舗を経営する。川崎商工会議所食品部会理事や川崎駅前仲見世通商店街振興組合副理事長を務める。46歳。神奈川県出身。
◇
≪イチ押し!≫
■“納得の味”カクテル作る感覚
「T.T BREWERY 中島工場」の“顔”はもちろんクラフトビールだ。同店では常時7種類のクラフトビールを飲むことができるほか、テークアウト(500円)も可能だ。物流費がかからないため、グラスの大きさに合わせて1杯300~900円とお手頃価格なのもうれしい。
クラフトビールの原料であるホップと酵母は多くの種類があり、納得のいく組み合わせを見つけるのに苦労したというが、寺田哲也社長は「クラフトビールの味を決める作業はカクテルを作る感覚に似ていた」と振り返る。
クラフトビールもワインのように時間とともに熟成するといい、「出来たてはボージョレ・ヌーボーのようなフレッシュな味わいなのが、次第にコクや深みが増してくる」と新たな発見も。「最高の一杯」と出会うための試行錯誤は今後も続く。