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天然ウナギの謎、東大チームが解明! 幼生の餌を突き止める
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解明進むウナギの生態
長く謎だった天然ウナギの幼生の餌を東京大などの研究チームが突き止めた。養殖に必要な稚魚の不漁が続く中で、卵から成魚までを人工的に育てる「完全養殖」に道を開く重要な成果だ。実用化への課題は残っているが、安定供給の実現に向けて研究の加速が期待されている。(伊藤壽一郎)
日本のウナギは北西太平洋のマリアナ諸島沖で産卵する。孵化(ふか)した幼生のレプトセファルスは、北赤道海流と黒潮に乗って北上しながら成長。やがて稚魚のシラスウナギに変態し、孵化から約半年後、日本の河川に到着し成魚になる。数年以上たって成熟すると、再びマリアナ諸島沖の産卵場へ向かう。
「ウナギの高騰は稚魚の不漁もあるが、養殖を天然資源に依存していることが根本的な原因だ」。ニホンウナギの産卵場を平成21年に特定し、ウナギ博士として世界的に知られる東大大気海洋研究所の塚本勝巳教授は強調する。
ウナギの養殖は通常、沿岸で捕らえた稚魚を成長させるため、稚魚の漁獲量は価格に直結する。漁獲量は昭和38年の232トンをピークに減少の一途で、3年連続の不漁となった今年は過去最低の9トン。養殖場への卸価格は1キロ当たり215万円と、平成15年の約13倍に高騰しており、天然資源に左右されない完全養殖の実現が急務だ。
完全養殖は卵から成魚までを人工的に育て、次世代の卵を繰り返し産ませることをいう。クロマグロでは実用化しているが、ウナギはまだ研究段階。自然界での幼生の餌が未解明だったからだ。現在はアブラツノザメの卵などを暫定的に与えているが、1カ月で9割が死んでしまうという。
塚本教授らと海洋研究開発機構の研究チームは、海の中で小さな生物が大きな生物に捕食される食物連鎖の段階に応じて、生物の体のアミノ酸に含まれる窒素同位体の比率が変化することに着目した。
窒素同位体の比率は生物によって固有の値があり、食物連鎖の上位にいくと数値がどう変わるかも決まっている。そこでマリアナ海溝で採取した幼生の同位体比率から、食物連鎖を1段階下げた餌の数値を逆算し、合致するものを探した。
その結果、餌は動植物プランクトンの糞(ふん)や死骸だったことが判明。直径0・01~1ミリの微細な有機物で、海中を雪のように舞い降りることから「マリンスノー」と呼ばれる。
ただ、これが餌だと分かっても、いちいち現場海域まで行って採取して与えるのでは膨大なコストがかかってしまう。塚本教授は「マリンスノーを構成する成分を詳細に分析して、最適かつ実用的な餌を模索していくことが次の課題だ」と話す。
幼生の餌の判明は、完全養殖実現への大きな一歩ではある。しかし、まだ解決すべき課題はある。それは大規模かつ高密度に幼生を育てることができる装置の開発だ。
柳の葉のような形をした幼生は、実は海水より比重が軽い。このため水槽内で常に水流がないと浮かび上がり、水面に浮いた葉のように、上面が干からびて死んでしまう。
少量を飼育する研究段階の水槽なら簡単な装置で水流の維持が可能だが、実用化レベルの大型の水槽は設備コストとの戦いになる。また、低価格で供給するには飼育の密度を上げ、高効率化も図らなくてはならない。
幼生の不漁の原因は今のところ不明だが、ウナギの減少傾向は確実で、環境省は絶滅の恐れがある野生生物のリスト「レッドリスト」に記載する方向で検討している。
今年は見送られたが、絶滅の恐れがある野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約で、米国が新たな規制対象にウナギを加えようとする動きもあった。
「早く完全養殖を実現しないと、うな丼が食べられなくなるかもしれない」と塚本教授。日本人が親しんできた食文化を絶やさないためにも、研究の進展が待たれる。