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訃報
【評伝】堀場雅夫氏死去 「おもしろおかしく」を社是に 独自の経営理念
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インタビューに答える堀場雅夫・堀場製作所最高顧問=4月23日午後、京都市南区(撮影・柿平博文) 学生起業家の草分けで、「おもしろおかしく」というユニークな社是を掲げた堀場製作所の創業者。社員に対しては「仕事が楽しくない社員は会社を辞めてくれ」と繰り返し語り、「会社のためにがんばる」や「お疲れさま」という言葉も嫌った。今ならパワハラと思われるような態度かもしれないが、そこには「創意工夫をしておもしろく仕事をした人には、それだけの恩恵を神様が与えてくれる」という信念が込められていた。
堀場氏の人生は決して、順風ばかりではなかった。
終戦後、京都帝国大(現京都大)に戻り、昭和20年10月に「堀場無線研究所」を設立。核物理実験用の高速演算機に必要なコンデンサーを自作するため、3日3晩、一睡もせずに動作を凝視し続けた。食糧難で「飢えの恐怖」と戦いながらの開発だったという。
苦労して生み出したコンデンサーの性能は良く、量産化のめども付けた。しかし、朝鮮戦争による資材高騰で工場建設を断念。多額の借金を抱えた。自作の酸性値などを測るpHメーターが復興需要に乗って売れなければ、事業継続そのものも危うかった。
あるときには、ガス分析器の性能を上げるために質の良い金メッキを求めて欧米を探し回ったが、見つからなかった。帰国したところ、京都市内にある仏具用メッキ工場で理想的な金メッキに巡り合った。「海外まで行って懸命に探したからこそ、最後に『青い鳥』を見つけられた」と著書で振り返っていた。
こうした体験の先に「おもしろおかしく」という社是があったのだろう。
昭和48年にいち早く完全週休2日制を始め、「しっかり休んで英気を養えば仕事にもいい影響がある」と週休3日制にも踏み切ろうとした。現在は、社員が年3日、有給休暇以外に休む日を選べる「フリーホリデー」として引き継がれている。
がんで入退院を繰り返していたが、今年6月上旬、本社で開かれた年1回の経営戦略会議に入院先の病院から車いすで姿をみせた。国内外のグループ会社幹部約60人を前に「世の中のために自分に何ができるのか、何がしたいのかを追求してほしい」と力強い声で語ったという。一人ひとりの「やる気」を引き出そうとする愛情も、最後まで尽きることはなかった。(牛島要平)