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「ブラック企業」に怯える若者 情報不足、過剰警戒が生む雇用ミスマッチ

ニュースカテゴリ:暮らしの仕事・キャリア

「ブラック企業」に怯える若者 情報不足、過剰警戒が生む雇用ミスマッチ

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就職活動中の若者の間には、明確な定義がないまま「ブラック企業」という言葉が一人歩きしている  長時間労働やサービス残業をさせる、暴言やパワーハラスメントを繰り返して退社に追い込む-。いわゆる「ブラック企業」が社会問題化する中、若者の間で情報が不足し、実際はブラック企業でもない中小企業への警戒感が広がっている。

 そもそもブラック企業に明確な定義はなく、平成20年のリーマン・ショックを背景に、インターネット上から拡散したといわれる。「若者の使い捨て」が疑われる劣悪な労働環境の企業を指す場合が多く、最近では就職活動中の若者が、情報の少ない中小企業をブラック企業の可能性が高いと誤信し、避ける傾向があるという。

 厚生労働省はこうした誤った認識を改めようと、中小企業を求人面から支援する制度を始めたものの、数字は伸び悩む。さらに企業側が「ブラック」認定されダメージを受けるケースも出始めるなど、さまざまな波紋が広がっている。

 うちもブラック企業?

 高さ300メートルの日本一の超高層ビル「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)。休日には多くの若者や家族連れらでにぎわう。昨秋、ハルカスにほど近いビルの一室に「あべの わかものハローワーク」がオープンした。フリーターやニートの就職支援を目的とし、1日平均約200人の若者が訪れる。

 7月上旬の小雨がぱらつく土曜日。「あべの」では、企業の求人情報が並ぶパソコンの画面を、食い入るように見る人々の姿が目立った。隅の席では真剣な表情で画面を見つめ、閉館時間ぎりぎりまで粘る女性がいた。転職活動を進める大阪市の篠原春香さん(23)=仮名。現在はサッシ製造販売会社に事務職として勤務しているが、8月末で退職する。

 「経営状態が悪くて先が見えない。次は安定したところで働きたい」

 現在の会社には高校卒業後すぐに入社した。だが、入社2年目からボーナスは支給されず、昨夏からは全員が基本給10%カットになり、月給は約18万円から約15万円に下がった。同期は自身も含めて6人いたものの、今では2人しか残っていない。当然、社内の居心地もいいわけではない。ありがちだが、直属の上司は気分次第で指示が変わる。現状への不満と、将来への不安が抑えきれなくなり、退職届を出したという。

 いまなお転職先が見つかっていないという篠原さんは、こう振り返った。

 「うちも今思えばブラック企業だったのかもしれない。けど、ブラックとそうじゃない境目がよく分からない。ブラック企業は嫌だけど、どこで判断すればいいのか…」

 中小を敬遠する若者

 ブラック企業について、若者の労働相談を行うNPO法人「POSSE」によると、(1)長時間勤務など過酷な労働の末、辞めさせる「使い捨て型」(2)大量に採用して成果を上げさせた者だけを残す「選別型」(3)パワハラやセクシャルハラスメントが常態化している「無秩序型」-の3類型に分類されるという。

 しかし、ブラック企業かどうかは数字だけで判断できず、入社してみなければ分からないのが実情だ。企業側も、ネット上でブラック企業と書き込まれて悪評が立ったことで、レッテルを貼られ、取引に影響が出るといったケースもあるという。

 こうした中、若者の間では情報が少ない中での自衛手段として、ブラック企業への過剰な警戒感も広がる。

 就職情報会社「ディスコ」(東京都)が来春卒業予定の学生約1300人を対象にした調査によると、就職先を決めた理由に「大手」や「有名企業」を挙げる割合がいずれも約25%を占め、2年前より各約10ポイントも上昇した。

 一方で、「仕事内容が魅力的」という理由を挙げる割合は2年前から約12ポイント下落し、約30%にとどまった。関係者は「情報の少ない中小企業をブラック企業の可能性が高いとみて避けている」と分析する。

 対策進むも効果は…

 過剰なブラック企業の警戒は就職活動の幅を狭め、雇用のミスマッチをますます拡大させる恐れがある。

 危機感を抱いた厚労省は、若者と中小企業の「橋渡し」をしようと、今年度、新卒者や若者の定着状況などを公表する中小企業を「若者応援企業」と認定する施策を全国の各労働局で始めた。

 認定を受けるには7つの条件をクリアしなければならない。過去3年度分の新卒者や若者の定着状況▽前年度の有給、育休の取得状況▽前年度の月平均の残業時間-など、企業側があまり知られたくない情報を公にすることもそのひとつだ。

 認定を受けた企業には、就職説明会の参加機会を優先的に案内する▽若者応援企業としてハローワークで紹介する-などの利点がある。

 しかし、認定数は低調気味だ。関西の企業の中には「助成金が出るというわけでもないので…。(出したくない)情報を出す割にメリットがよく分からない」という反応が多い。専門家は「企業側にとって認定を受けることが『ブランド』にならないとうまみがない。企業を多く集めないと、かけ声倒れに終わる」と指摘する。

 若者の雇用は景気に大きく左右される。改善傾向がみられる新卒者の就職状況と比べ、リーマン・ショック以降、ニートやフリーターは高止まりが続く。15~24歳の失業率は10年以上前から全世代平均に比べて常に2倍ほど高く、24年は8・1%(全世代4・3%)だった。

 安倍晋三政権は6月、「第3の矢」の成長戦略の中で若者の雇用対策に触れ、ブラック企業に関する対策として「相談体制、情報発信、監督指導などの対応策の強化」を掲げた。

 厚労省も8月8日、ブラック企業への集中的な取り締まりを9月に実施すると発表。田村憲久厚労相は同日の会見で「若者の使い捨てを野放しにしているようでは日本の国の将来はない。きっちりと対応していきたい」と厳しく取り締まっていく方針を示した。

 若者の雇用政策は国の将来の基盤につながる重要な施策だ。ただ、現状は「ブラック企業」という言葉に踊らされ、若者はその影におびえながら就職活動を続けている。

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