ニュースカテゴリ:暮らし
余暇
台北の故宮博物院展 悠久の文化物語る「証人」
更新
中国歴代皇帝が愛した中国美術の精華が、ついに来日へ-。平成26年6月から11月にかけて、東京国立博物館平成館(東博、東京・上野公園)と九州国立博物館(九博、福岡県太宰府市)で開催される、台北の故宮博物院展。台湾が誇る“美の殿堂”が、悠久の文化を物語る計231件を厳選し、披露する。その大半が日本初公開。特に見逃せない名品をひと足先に紹介する。
(清・18世紀)=東博のみ、期間限定展示
世界から故宮博物院を訪れる観光客にとって、一度見ずには帰れないお宝といえばこれだろう。同院随一の人気作品が東博にやってくる。
白と緑の翡翠(ひすい)の色をそのまま生かし、白菜そっくりの造形に彫り上げられている。高さ18.7センチ。よく見ると、葉先に2匹の虫がとまっている。キリギリスとイナゴ。中国では白菜は清白、キリギリスとイナゴは多産を意味するらしい。清朝末期の11代皇帝、光緒帝(こうしょてい)(1871~1908年)の妃、瑾妃(きんひ)の嫁入り道具だったとされる。
中国では新石器時代より、色や光沢の美しい石を玉(ぎょく)と呼び、神秘のパワーを持つものとして崇(あが)めてきた。それゆえ「玉器」は、故宮博物院コレクションの重要な一角を占めている。
(汝窯(じょよう)、北宋・11~12世紀)
10枚の蓮(はす)の花びらが重なり合う、ふっくらしたプロポーションが目を引く。全体に細かい貫入(釉のひび)が見られる。温碗とは、熱湯を入れて酒壺を温めるための器らしい。
宋代は特に陶磁器が発展した時代。中でも、河南省に窯があった「汝窯」の端正で上品な青磁は評価が高く、宮廷御用達だった。特に魅力的なのが釉色で、緑がかった青色に、うっすらピンクの光沢を帯びているのがわかる。
(西周晩期・前9~8世紀)
中国の青銅器時代は、黄河流域で都市文明がおこった紀元前2000年ごろから、商、西周、春秋・戦国時代にかけてのざっと1800年間という。
「盤」とは祭祀(さいし)などで手を清める水盤のこと。357字の銘文が刻まれており、篆書(てんしょ)の名品としても知られる。
(東晋・353年)=九博のみ
書聖、王羲之(303~361年ごろ)の作品の中でも、最も有名な「蘭亭序」。故宮博物院の広大な庭園には、この伝説の行書にちなんで「蘭亭」という名の東屋もある。
353年3月3日、王羲之は蘭亭に名士41人を招いて詩会を開いた。「蘭亭序」はその際書いた詩集の序文の草稿。肉筆の書は、王羲之の書を愛してやまなかった唐の太宗が自らの墓に副葬させたといわれ、現存しないとみられる。しかし、後世の能書家による複製が残っており、今回出品される「定武本」は、特に貴重とされる拓本である。
(清・18世紀)=九博のみ、期間限定展示
あめ色のツヤ、プルンとした脂身は、まさしく中国料理のトンポーロー(豚の角煮)。
玉髄(ぎょくずい)(カルセドニー)という石を彫り、着色したものだが、日本の食玩のようにリアルだ。「見る人を驚かせたい」という作り手のサービス精神やユーモアを感じさせる珍品。
【用語解説】台北・故宮博物院
台湾・台北市の中心部からやや離れた外双渓(がいそうけい)にある中国美術の殿堂。宋、元、明、清の歴代宮廷コレクションを主軸に、古代から清代までの多種多様な文物約69万点を所蔵する。
設立は1925年。前年に“ラストエンペラー”の愛新覚羅溥儀(ふぎ)が北京・紫禁城を退去したのに伴い、元の宮殿-つまり「故宮」と名を変え、博物館として一般公開された。しかし、その後の長い戦乱を避けるため、数十万点もの至宝は上海や南京などの倉庫を転々とすることになり、幾度も危険な大移動を余儀なくされた。海を越えて台湾に移されたのは48年から49年。65年、現在の地に新生・故宮博物院がオープンした。
2007年にはマルチメディアを駆使した展示空間など、モダンにリニューアルして話題を集めた。
<東京国立博物館>
平成26年6月24日~9月15日
主催:東京国立博物館、台北・故宮博物院、産経新聞社、フジテレビジョン、NHK、N HKプロモーション、読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、東京新聞
特別後援:日華議員懇談会
<九州国立博物館>
同年10月7日~11月30日
*東博と一部展示品が異なる
主催:九州国立博物館、台北・故宮博物院、産経新聞社、西日本新聞社、NHK福岡放送局、NHKプラネット九州、読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、RKB毎日放送、TVQ九州放送
特別後援:日華議員懇談会
◇おことわり 展覧会名は公式名称を表記しています。