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いとうせいこうさん、代表作復刊「レトロスペクティブ」シリーズ

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いとうせいこうさん、代表作復刊「レトロスペクティブ」シリーズ

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「小説は格別の存在」

 作家・クリエーターのいとうせいこうさん(52)が、自選作品集と位置づける「いとうせいこうレトロスペクティブ」シリーズ(河出書房新社)の刊行を始めた。世評とは裏腹な深い苦悩と長い沈黙、そして再起…。現実を予見するような鋭い感性が息づく初期作品からは、異才の二十数年間の歩みも浮かび上がる。(海老沢類)

 「昔ボトルに入れて海に流した手紙への返事が、今になって浜辺に流れ着き始めている感じ」。最近の再評価の高まりを反映した復刊プロジェクトを、いとうさんも喜ぶ。初回配本は平成3年に出した2作目の長編『ワールズ・エンド・ガーデン』。幻想の都市、ムスリム・トーキョーを舞台に、突然現れた謎の浮浪者の予言に翻弄される人々を描く。第2巻の『解体屋外伝』(5年)は、洗脳のプロ「洗濯屋」と脱・洗脳を業とする「解体屋」の闘いをつづる娯楽長編。ともにカルトや洗脳といった重い題材をポップに仕立てる。

 「なるべく格好いいものを古びないように書きたいなと。再開発の遅れた街の様子とか、今読んだ方がヒリヒリくるのかも」。読み巧者をうならせたその先見性は、一方で枷(かせ)のようになって作家を苦しめた。デビュー作『ノーライフキング』(昭和63年)は仮想現実社会の到来を予言した書として参照され、『ワールズ-』が出版された年には湾岸戦争が勃発。作中の描写を連想させるイスラム世界が注目された。「洗脳」という言葉がオウム事件によって大きく取り上げられるのも2作の発表後のことだ。

 「書いたことが現実化して自分に襲いかかる。すごく怖い、と感じた。物語が外に流出する妄想にとらわれて、世の中との関係が切り結びにくくなったんだと思う」。『去勢訓練』(9年)以降16年、小説から遠ざかったが、「書きたい気持ちはずっとあった」と明かす。自ら「第2期」と呼ぶ現在の活動へと踏み出せたのは、東日本大震災後に「虚構の力」をあらためて考え抜いたことが大きいという。「笑っちゃうくらいの嘘をついて“別の現実”をつくり出すことで政治や社会の問題をあぶり出す。リアル(現実)への批判として虚構を差し出せるじゃん、って。それは小説の持つ力ですよね」

 16年ぶりの新作『想像ラジオ』では、想像の羽を存分に広げ、震災後の死者の声を軽妙かつユーモラスにつづった。物語の底に流れる〈想像せよ〉というメッセージは、20年前の『解体屋外伝』にある〈暗示の外に出ろ。俺たちには未来がある〉というフレーズとも重なる。

 お笑い、音楽、舞台と、多岐に渡る活動の中で、小説が占める位置を聞くと、「文字だけでできた“貧しいメディア”だけれど、想像する内容は読者によって全部違う。絵や映画にない自由度と広がりがある」。畳みかけるように語ってから、「格別の存在ですね」と照れくさそうに笑った。

【プロフィル】いとうせいこう

 昭和36年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社勤務を経て、音楽や舞台、テレビなど幅広い分野で活躍。63年に作家デビュー。今年、『想像ラジオ』が第149回芥川賞など複数の文学賞の候補になり、第35回野間文芸新人賞の受賞が決まった。今月、新作『存在しない小説』(講談社)を上梓(じょうし)した。

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