私は51歳で都庁を退職してサラリーマン生活に終止符を打ち、56歳で『小説 上杉鷹山』というベストセラーを出版しました。そして、86歳になった今も執筆活動を続け、テレビなどのメディアにも出演しています。このようなことから『50歳からの勉強法』というテーマで本を書くことになりました。
孔子は「50歳にして天命を知る」と言っています。確かに人生を「起」「承」「転」「結」と4つに区切れば50歳は既に己の行く道筋をはっきりと頭に描き、死という終わりに備える「結」に入る年齢なのかもしれません。しかし、人生が80年以上になった今、「もはや人間の一生に『結』などなく、あるのは『転』だけだ」と私は思っています。
そして、「起承転々」の日々を支えるのは知識や教養を高めるための「勉強」であるのです。
最近、新聞社の取材を受け、私が50代だった30年ほど前の写真をお見せしたのですが、記者の方は「昔とほとんど、お変わりになりませんね」と言ってくださいました。知的な好奇心や探求心を満たそうとしてきたことが多少なりとも私に若さを与えてくれているのかもしれません。
50歳を超えての勉強法で大事なことは「絞り込むこと」だと私は考えています。それまで蓄積した知識や人脈を整理することで本当に己の血肉となる情報や人脈も明らかになってくる。
そして「孤独を覚悟する」ということも重要ではないかと思います。つまり50歳から学ぶ素材・対象は自分のなかにあるということなのです。いままで蓄えた自身の鉱脈を掘る(自分に学ぶ)ことが結果的に、後人のために何かを残すことにつながるかもしれません。それゆえにルーマニアの作家、コンスタンチン・ゲオルギュの「喩(たと)え世界の終末が明日であろうとも、私は今日、リンゴの木を植える」という言葉を私は座右の銘としているのです。(1680円 サンマーク出版)
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【プロフィル】童門冬二
どうもん・ふゆじ 1927年東京生まれ。特攻隊に志願するが翌年終戦。戦後、東京都庁に勤務。60年に第43回芥川賞候補となる。79年美濃部亮吉東京都知事の退任とともに都庁を去る。50歳を過ぎて作家活動に専念し、ベストセラー『小説 上杉鷹山』など、歴史上の人物にその経験を重ね合わせ、人事管理や組織運営のあり方を叙述する数々の傑作を執筆。勲三等瑞宝章受章。