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【日本の針路 大塚耕平のスピークアウト】ベア争点の春闘
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■「賃金制度」骨格理解を
◆定期昇給とは別物
春闘本番を前に、久しぶりにベアという単語が飛び交っている。中高年には馴染みのあるベアだが、若い世代にはピンとこない。
ベアを理解するには、人事と賃金の仕組みを知らなければならない。賃金の構成は企業によって様々だが、一般的には基本給がその骨格部分。
ベアは「ベースアップ(Base Up)」の略。文字通り「基本給(ベース)」を「引き上げる(アップ)」の意味。和製英語であり、基本給という仕組みが普及していない欧米諸国には存在しない概念だ。
新聞やニュースで時々ベアと定期昇給(定昇)を混同している報道があるが、ベアと定昇は別物である。
人事・賃金制度は資格と年齢で構成されるのが一般的。ここでは仮称「事務2級」の「25歳」のAさんを想定する。
「事務2級・25歳」のAさんの昨年度(2013年度)の基本給は20万円。この20万円が今年度(2014年度)20.5万円に上がったとすると、今年度のベアは上昇分の0.5万円を20万円で除した0.025。つまり2.5%となる。
一方、昨年度(2013年度)の「事務2級・26歳」の基本給が20.2万円とすると、今年度のベアがなくてもAさんは「事務2級・26歳」になるので、昨年度比0.2万円の賃上げ。これを定昇と言う。
今年度の「事務2級・26歳」の基本給が20.705万円に上がると、昨年度の20.2万円と20.705万円の差額は0.505万円。
この0.505万円を20.2万円で除すると0.025。つまり、「事務2級・26歳」のベアも「事務2級・25歳」のベアと同じ2.5%になる。
さて、今年度の労使交渉が合意に達し上記の内容で妥結したとする。Aさんの給料は20.705万円。昨年度(20万円)との差額は0.705万円。これが賃上額だ。
この賃上額はベアと定昇の両方の効果で構成されている。
昨年度の基本給は「事務2級・25歳」が20万円、「事務2級・26歳」が20.2万円。今年度は、それぞれ20.5万円と20.705万円。
Aさんの給料は昨年度の賃金構造のままなら定昇によって20.2万円にとどまるところが、ベアによって20.705万円まで上昇。その差額0.505万円は「事務2級・26歳」の基本給のベアが2.5%になったことの効果である。
ベアと定昇のほかに、資格が上がる昇格の場合は、その昇給分も加味される。自社の人事と賃金の仕組みがわかっていないと、昇給があってもベア、定昇、昇格の内訳を認識することはできない。
◆企業の盛衰を左右
企業は人(社員)で成り立っている。その社員を動かす仕組みが人事と賃金。人事と賃金の仕組みいかんによって社員の動きが決まるということは、企業の盛衰も左右されるということである。1980年代まではストライキが頻繁に行われていた。ストライキで交通機関が動かず、高校が休校になり、結構喜んでいたのを記憶している。
英語の「strike」には「取り外す」「引き払う」「降ろす」という意味があり、「strike sail」で「帆を降ろす」。
ストライキの語源は、待遇に不満のあるアイルランド人水夫たちが帆を降ろして船主に抗議したことに由来する。
ストライキは日本語訳で「同盟罷業」「同盟罷工」。「罷(ひ)」は訓読みで「やめる」。つまり「同盟罷業」「同盟罷工」は抗議の意思表示として仕事を「サボる」という意味だ。
この「サボる」にも語源がある。フランス人労働者たちが履いている木靴(sabo)を機械に投げ込んで壊し、仕事を停滞させて抗議の意思表示。ここから「サボタージュ」「サボる」という言葉が生まれた。
ちなみに仕事や交渉を拒絶するボイコットの語源は、やはりアイルランド人。農民たちが英国人農園主のボイコット(Boycott)氏を無視したことに由来する。
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最近ではストライキもめっきり少なくなった。バブル崩壊による不況と労働需給緩和、新興国台頭による国際競争激化、デフレによる実質賃上げ効果。いくつかの要因が相まって、ストライキのみならずベアという概念も徐々に希薄化した。
そもそもベアに期待された制度的機能は2つ。一つはインフレに対する生活水準(実質賃金水準)維持機能。つまり、毎年の物価上昇分をベアでカバーしないと、インフレ下では実質賃下げになるからだ。
もう一つは、生産性向上に対する調整機能。戦後から1980年代までは生産性向上が持続していたことから、ベアでその点をどの程度評価するかが毎年の春闘の論点だった。
さて、2%のインフレを目指している政府・日銀。その観点からはベア復活は当然の帰結。生活水準維持のために適切なベアを行わなければ、結局消費が減退し、景気後退、企業収益悪化の悪循環。
インフレ実現(デフレ脱却)のための政策手段として異次元金融緩和を強行している政府・日銀。だからこそ、円安が進み、輸出企業の業績改善、株価上昇につながっている。
円安に伴う輸入物価上昇を背景に、すでに家計は食料品やガソリン価格を通じて生活への影響を実感。4月からの消費税率引き上げも体感物価を引き上げる。
政府・日銀が2%のインフレを目指し、それに加えて消費税率引き上げ。ベアの目標は「2%プラスアルファ」が当然だが、実際の動きはやや抑制的な感じである。
株・為替・債券等の市場(マーケット)用語に「ベア」「ブル」という表現がある。このベアはBear(熊)、ブルはBull(雄牛)を指す。
ベアは「弱気」。熊が前足を振り下ろす動作や背中を丸めて歩く姿から、相場が下落している弱気な状況を表す言葉として使われている。
一方、ブルは「強気」。雄牛が角を下から上へ突き上げる動作から相場の上昇をイメージし、強気な状況を表す。
今年の春闘。政府・日銀の経済政策を反映して当然ブルなベアを追求すべきだが、物価上昇率よりも低水準にとどまる可能性が高い。それでは実質賃下げであり、ベアなベア。今後の展開が注目される。
◆生産性動向、精査を
ベアには2つの制度的機能があることは上述のとおり。インフレと生産性向上への対応だ。
インフレ対策(および消費税対策)としてはブルなベアを追求しつつも、生産性向上の観点からは冷静な議論も必要だ。
なぜなら、過去1年間の経済状況が、異次元金融緩和、円安、輸出企業好調、株価上昇という循環から生み出されているということは、その間の生産性向上とは直接の因果関係が明らかではないからだ。
賃金には、生活給、能力給、業績給という3つの側面がある。インフレ対応という意味で生活給への配慮は必要である。また、現に企業業績が上がっているならば、業績給としての配分もあってしかるべきだ。
一方、能力給としての側面は、各企業でよく議論することが必要だろう。
生産性にも、資本生産性、労働生産性、全要素生産性という3つの側面がある。資本生産性は資本(機械、設備など)1単位の生産価値。労働生産性は労働力(単位時間当たりの投入労働)1単位の生産価値。
そして、全要素生産性は資本生産性と労働生産性で説明がつかない部分。IT化、意思疎通の改善、職場環境の改善など、技術革新やマネジメントの巧拙にも影響される。
生産性の動向、その内訳要因(3つの生産性)に関して、冷静かつ客観的な検討が必要である。
加えて、損益分岐点、労働分配率、物価上昇率の3つの相関関係にも留意が必要だ。
大雑把に整理すると、1980年代までは、恒常的なインフレ、生産性向上及び企業業績を反映して労働分配率が上昇。また、企業経営の非効率化もあって損益分岐点も上昇。
バブル崩壊後の1990年代以降、長引く不景気とデフレの下で、企業は社員をコスト要因と見なし、成果主義、能力主義に傾注。しかし、企業業績の低迷を主因に、それでも損益分岐点と労働分配率は上昇。
2000年代前半以降、企業努力が徐々に奏功。その一方、内部留保積み上げ、人件費削減が続き、損益分岐点と労働分配率が低下。そして、今日に至っている。
一方、足許の物価動向。消費者物価よりも企業物価の上昇率の方が早く、賃上げと企業業績好転のタイムラグには要注意。
上述の整理は、あくまで全産業ベースの大雑把な傾向。各企業が、自社のデータを労使双方で整理分析、共有することが必要である。
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◎文中の事例
2013年度 2014年度
事務2級(25歳) 20万0000円 20万5000円
事務2級(26歳) 20万2000円 20万7050円
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【プロフィル】大塚耕平
おおつか・こうへい 1959年生まれ、名古屋市出身。早稲田大学政経学部卒、同大学院博士課程修了(学術博士、専門はマクロ経済学)。日本銀行を経て2001年から参議院議員。内閣府副大臣、厚生労働副大臣を歴任。早稲田大学と中央大学大学院の客員教授。著書に「公共政策としてのマクロ経済政策」など。