ぼくはイタリアに住む前、イタリアが嫌いだった。情熱の国とか暑苦しいったらありゃしない。
大学はフランス文学科に在籍し、自動車会社に入ったら英国の会社などと付き合っていたので、イタリアには縁がなかった。喧しい人たちが住んでいる土地は、かなわないと距離をおいていた。
だが、ぼくが「この人のもとでビジネスプランナーとして修業したい!」と思った人は、日本でも英国でもなく、イタリアのトリノに住んでいた。
イタリアが苦手だとか言っている場合ではなかった。そんなのどうでもよいことだ。自分が尊敬できる人につくのが一番だ。こうして会社をやめてトリノに住み始めた。
トリノはバロック建築の都市で、イタリアの他の多くの都市と違い、碁盤の目に都市計画がなされ、建物は装飾的な表情に満ちていた。
都市の作り方に隙がなく、材料も表現も、ぼくの方にのしかかってくる。馴れない街で、これがぼくには、重かった。
しかし、半年ほど住んでいるうちに、バロック様式とは内面がいや応なしに湧き出てきたものではないか、とある日、バールでビールを飲みながら街を眺めていて気づいた。決してバロック様式を説明した本を読んだわけではない。
自分なりの「分かり方」を獲得したのだった。その時から、イタリアの国や文化と自分の間が縮まったとぼくは思えるようになり、イタリア文化を好きになっていった。そして、今やイタリア文化やビジネスについて語る立場にさえなっている。
このイタリアを筆頭に、嫌いだったものが好きになってきた例は沢山ある。