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腸チフスを50人に感染させてしまった普通の人も 感染症の本で教訓を学ぶ

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、かつて刊行された感染症にまつわる本の復刊が相次いでいる。いずれも新型コロナとどう向き合うべきかを考えさせる書物で、あふれる情報に惑わされず、感染症を「正しく怖がる」のに役立ちそうだ。

 「知らずに感染」は罪か

 筑摩書房が緊急復刊を決めた『病魔という悪の物語-チフスのメアリー』(金森修著・ちくまプリマー新書)は、20世紀初めのアメリカで「毒婦」として恐れられた家政婦メアリーの生涯に迫った本だ。

 初版は2006年、8000部で刊行。営業部宣伝課の尾竹伸さんは「当時の日本人にとって、感染症はひとごとというか他国の出来事のように思われていた」といい、さほど注目を浴びなかった。復刊を決めたのは、感染症の恐怖におびえる現代人にとって、同書が歴史的教訓の書となると判断したためだ。

 メアリーは腸チフスの「不顕性感染者(感染してるのに症状が出ない感染者。無症候性キャリアともいう)」。自身が感染していることに気づかないまま得意の料理をふるまったことで、雇い主ら約50人を感染させ死者も出た。これにより犯罪者として隔離された生活を余儀なくされ、死後も「毒婦」として忌み嫌われる。

 同書は、メアリーの生涯をていねいに追うことで、「毒婦」という邪悪のレッテルを貼られた女性が、実はどこにでもいる普通の女性であることを浮き彫りにし、知らずに他人を感染させたメアリーが死ぬまで自由を奪われるほどの罪を犯したのか、社会のありようを問いかける。新型コロナでも不顕性感染者が一定数おり、「新型コロナのメアリー」がいつ出現してもおかしくない状況だ。

 復刊版の部数は1万部で、「これは、明日の私たちだ」などの文言をちりばめた特別帯が巻かれ、5月11日の出荷予定。尾竹さんは「目に見えない、厄介な感染症と共存せざるを得ないという境遇におかれた現代のすべての人たちに広く読んでほしい」としたうえで、「この有事によって差別や社会の分断が進むことのないよう、この歴史的教訓から学んでもらえれば」と話す。

 100年前と同じ

 平凡社は、『流行性感冒「スペイン風邪」大流行の記録』(内務省衛生局編、東洋文庫)を4月下旬に重版する。同書は、1918年から20年にかけて日本で約40万人の死者を出したスペイン風邪の際、国や自治体、市民がどんな行動をとったのかが分かる400ページ超の調査報告書だ。解説を書いている仙台医療センターウイルス疾患研究室長・西村秀一さんが古書店でみつけ、「現代に復活させよう」という強い思いから2008年に初版2700部で発行、2年で品切れとなったが、重版されないままだった。

 新型コロナが感染拡大した今年3月下旬、編集者からの提案でウエブでの無料公開(4月30日まで)に踏み切ったところ大きな反響があり、1000部の重版を決めた。編集部の下中順平さんは「100年前に全世界で多くの人の命を奪ったスペイン風邪パンデミックの記録は、いま私たちが直面する危機を乗り越えるために読んでおく価値があるものと思う」と説明する。

 スペイン風邪の予防措置として挙げられる「密集を避け換気をよくする」「うがい・手洗い・マスクの奨励」は新型コロナも同じで、ツイッターでも「100年前と現状がまったく同じ」とのコメントが多かったという。下中さんは「外出自粛でストレスがたまる状況が続くが、こんなときだからこそ本書を読み、ウイルスと闘うための知見を蓄えてほしい」と話す。

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