量子もつれの境界則に対する新しいメカニズムを発見
■量子もつれの境界則に対する新しいメカニズムを発見
□理化学研究所 革新知能統合研究センター 汎用基盤技術研究グループ数理科学チーム 研究員・桑原知剛
古典力学の世界では、2粒子の距離が十分に離れていれば粒子間に相関は存在しないが、量子力学の世界では、粒子間が遠く離れていても相関を持つ状態が存在し得る。例えば、上向きか下向きのスピンを持つ2粒子に相関のある状態を作り、1つを地球上に、もう1つを月面に移動させる。すると、地球上の粒子のスピンで上向きを観測したとき、月面上の粒子のスピンも必ず上向きになるといった相関が生み出される。この性質を「量子もつれ」と呼ぶ。
多数の粒子が相互作用する量子多体系を2つの領域に分けたとき、領域間の量子もつれの大きさは、その境界の大きさとほぼ同じであるという予想を「量子もつれの境界則予想」という。この予想は、粒子間に働く相互作用が小さい(短距離の相関が存在する)状況では数学的に証明できていた。しかし、相互作用の種類や大小によって、境界則成立の可否がどうなるのかは未解決であった。
今回、理研の研究チームは、量子多体系の基底状態で、量子もつれが高エネルギー状態よりも小さいことを意味する境界則を証明し、そのメカニズムを明らかにした。これにより、これまで境界則に必要と考えられていた相互作用の短距離性の条件が本質ではないことが示され、長距離まで届く強い相互作用があっても境界則が成立することが明らかになった。
本成果は、量子コンピュータや量子機械学習を含む多方面の分野に有用な知見を与えると期待できる。
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【プロフィル】桑原知剛
くわはら・ともたか 東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了、博士(理学)。2017年10月から現職。
■コメント=量子多体系に関する最も重要な未解決予想を解決していきたい。
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■統合失調症患者の白質における脂質代謝の乱れ
□理化学研究所 脳神経科学研究センター 分子精神遺伝研究チーム 研究員・島本(光山)知英
幻覚や妄想、意欲の低下や認知機能障害などの症状を示す統合失調症は、発症頻度が一般人口の約1%であり、決して稀有な精神疾患ではない。現在の治療法では、治療を行っても改善が見られない患者が全体の3割に上り、さらに薬の副作用に悩まされる例も多くある。
これまでの研究から、脂質(特に脂肪酸)が何らかの形で疾患の発症に影響を与えているという説が注目されてきた。脳の中でも特に脂質に富む「白質」という領域において、容積の減少や神経線維の走行の異常、ミエリン(神経軸索を渦巻き状に取り巻いている膜)の構造異常が数多く報告されている。しかし、その原因となる分子メカニズムはよく分かっていなかった。
今回、理研を中心とした国際共同研究グループは、統合失調症患者の死後脳の脳梁(代表的な白質)の脂質定量解析により、一部の患者の脳梁では、脂質組成が変化していることを発見した。さらに、遺伝学的解析によりNFATC2という転写因子を起点とした遺伝子ネットワークと、グリア細胞の一つであるミクログリアの異常を見いだした。これらの結果から、NFATC2を起点とした遺伝子ネットワークとミクログリアの異常が関連した脂質組成変化が、統合失調症病態の形成に関与する可能性が示された。
本研究成果は、一部の統合失調症患者に見られる白質病変の原因となる機構の理解に役立つもので、新しい治療法開発の切り口になると期待できる。
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【プロフィル】島本(光山)知英
しまもと(みつやま)・ちえ 2015年お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科ライフサイエンス専攻博士後期課程修了、博士(理学)。理化学研究所基礎科学特別研究員を経て、20年2月から現職。
■コメント=統合失調症の原因となる分子メカニズムを解明し、新しい治療法の開発を目指したい。
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■産業界との融合的連携研究制度のご紹介
理化学研究所(理研)バトンゾーン研究推進プログラム(BZP)では、明るい未来社会の実現のため、理研と企業が一体となって研究開発を行っている。
産業界との融合的連携研究制度では、企業の担当者がチームリーダーとなって研究チームをマッチングファンドで作り、社会的課題の解決につながる研究成果の実用化に取り組んでいる。新規研究チームの公募は年に2回行う。問い合わせは相談窓口で随時受け付けている。
【参考サイト】
●バトンゾーン研究推進プログラムについて https://bzp.riken.jp/
●公募内容 https://www.riken.jp/collab/programs/entry/
【相談窓口】
理化学研究所 科技ハブ産連本部 産業連携部
バトンゾーン研究推進課(日比野・鈴木・大須賀)
TEL:048・462・5459
E-mail:yugorenkei@riken.jp