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カナダ・イエローナイフ 光のカーテンに魅了された男

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カナダ・イエローナイフ 光のカーテンに魅了された男

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 太陽風と呼ばれる太陽から放出される電気を帯びた粒子(プラズマ)が、地球の極地の大気と衝突して発光する幻想的な現象、オーロラ。北欧が有名だが、アメリカやカナダ東部でも見ることができる。

 そんなオーロラに魅せられ、パノラマや動画撮影を行っている写真家がいる。埼玉県狭山市在住の田中雅美さん(52)だ。

 今年9月12日、田中さんはカナダ北部のノースウエスト準州にあるイエローナイフの市街地から約50キロ離れた山と湖の中で、赤と緑の色鮮やかなオーロラを撮影した。この時期、太陽周期は最も活発な極大期にあたり、オーロラが出現しやすい環境にある。イエローナイフ周辺では連日のように、全天を覆う活発なオーロラが観測され、絶好の撮影チャンスとなった。田中さんは「12日の深夜から13日未明にかけて今夏最大のオーロラ爆発とレッドコロナも出現し、夜明けまで乱舞していました」と興奮気味に話す。

 しかし、撮影は危険と背中合わせだった。周辺はブラックベアやグリズリーが生息し、住民は熊対策のためショットガンを所持する。今回、田中さんは真っ暗闇の中、ゴミをあさるブラックベアと3メートルの至近距離で遭遇したものの、幸いなことに相手が逃げていったという。

 田中さんはそもそもオーロラを専門に撮影する写真家ではなく、22歳の頃からヤマセミを追いかけて全国をまわる野鳥写真家だった。その写真の腕は銀座の「富士フォトサロン」で個展を開くほどだった。

 しかし、デジタル写真の登場でそれまでのフィルム写真が否定されたと落胆し、しばらく写真から遠ざかっていた。

 そんな田中さんに転機が訪れた。オーロラ写真家の門脇久芳氏と出会い、フィンランドで実際のオーロラを目の当たりにして美しく波打つように揺れる光のカーテンにすっかり魅せられたのだ。再びカメラを持つのに時間はかからなかった。

 ≪デジタルで切り開いた表現の世界≫

 その頃、写真界はデジタルへの移行が始まったばかり。フィルム撮影は気温が低いとフィルム感度が極端に低下し、揺れるオーロラはスローシャッターで流れてしまう。ところがデジタル写真では低温でも撮影感度はそのままで、揺れ動くオーロラを撮影することができたのだ。写真から離れる原因となったデジタル写真が今度は田中さんの味方についた。

 「20年前、オーロラのカーテンを撮影できた人はほんの少し。1分以上の露光が必要だったので、星が点に写らなかったのです」と話す。

 撮影機材も自分で開発、パノラマ写真にも取り組んだ。全天にわたって広がるオーロラを表現するのに、パノラマ写真はまさにうってつけだ。

 そのオーロラのパノラマ写真は、エプソンが主催する「国際パノラマ写真コンテスト」で2011年から3年連続で銀賞と銅賞を受賞。田中さん自作の機材はNHKの自然番組などでも使用されるほどだ。地元にデジタル機材のみを使った写真館も開業した。

 高感度撮影に強い富士フイルムのミラーレス一眼レフカメラX-E1と、魚眼レンズを4台組み合わせ、数千枚の写真を撮影して構成する微速度撮影と呼ばれる方法で作ったパノラマ動画。北から南に流れてオーロラが再び方向を変える際、爆発的に数秒間明るくなるブレイクアップという現象の動画撮影にも成功した。

 そんな田中さんにはもう一つの顔がある。地元の狭山市内で美味しい蕎麦とうどんを出す有名な蕎麦店のオーナー兼料理人なのだ。

 「必ず上には上がいる。オーロラはまだ表現しきれていない世界だと思う。360度パノラマは、写真も動画もまだまだやるべきことがあると思っています」と話す田中さん。追い求める次の目標へのフォーカスはすでに定まっている。(文:EX編集部/撮影:写真家 田中雅美/SANKEI EXPRESS

 ■たなか・まさみ 1961年、埼玉県狭山市生まれ。地元の工業高校を経て、東京写真専門学校(東京ビジュアルアーツ)を卒業。コダック系の現像所に2年間勤務し、全紙や大型プリントなどの手焼き作業に携わった。一方、高校時代から自宅に暗室を作って自ら現像するなど写真に取り組み、22歳で野鳥写真家に。その後オーロラの写真家に転身し、2011年から3年連続でエプソン主催の「国際パノラマ写真コンテスト」で銀賞や銅賞に輝く。旅行会社のオーロラ鑑賞ツアーのガイド・撮影の講師なども務める。

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