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【まぜこぜエクスプレス】Vol.17 人の役に立つことが幸せ 従業員の7割超が障がい者、日本理化学工業
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日本理化学工業の大山泰弘会長(中央)と従業員の皆さん=2014年7月14日、神奈川県川崎市高津区(提供写真) 粉が飛散しない「ダストレスチョーク」で国内トップシェアを誇る日本理化学工業は、「従業員のうち7割以上が知的障がい者」というユニークな会社だ。川崎市高津区にある工場を訪ね、大山泰弘会長に話を聞いた。
国内シェア3割を占めるトップメーカーのイメージは気持ちよく裏切られた。工場内では、家内工業的にチョークを作っている。驚きの手作り! そこで活躍しているのは機械ではなく人間だった。材料を量る。混ぜて練る。成形する。乾燥させる。箱に詰める。それぞれの工程を丁寧にコツコツと、障がいをもつ従業員がこなしていく。
なかには文字や数がわからない人もいるので、理解力に合わせた工夫がされている。たとえば時計の時間がわからない人は砂時計を使う。文字が読めない人のために材料は色分けされた容器に入れ、同色のおもりで計測する。「すごい!」と感嘆。アイデアにも心が通っている。「安心して作業できる環境を整えれば、一生懸命働いてくれる」と、大山会長はニコニコ。
こんな逸話を教えてくれた。ハンガリーから取材に来た記者が感心し「マニュアル文化のヨーロッパと違い、日本には職人文化がある。だから、こんなことができるのでは」と言った。会長は「働く人に合わせ手取り足取り教えることを職人文化というなら、中小企業をはじめ多くの企業が持っているはず」と言う。「これを活用すれば、もっと障がい者の働く場を増やせるのではないか」
「人間の幸せは人の役に立つこと。このシンプルな真理に気づくことができたのは、障がいのある人たちと出会ったおかげ」と、会長は語る。
日本理化学工業が障がい者雇用をスタートしたのは1960年のことだった。都立青鳥養護学校の先生に「施設に入る前に一生に一度、働く経験をして卒業させてあげたい」と頼みこまれ、2人の少女を実習させたことがキッカケとなる。昼休みのチャイムにも気づかないくらい一心不乱にラベル貼りをする彼女たちに心打たれた従業員が、「彼女たちを正式に雇って」と申し出たのだ。
「施設にいる方が楽なのに、なぜ彼女たちは働きたがるのか」と不思議に思っていた会長は、禅寺のお坊さんから「人間の幸せとは、人に愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること」と教えられる。そして「福祉施設で大事に面倒をみてもらうことが幸せではなく、働いて役に立つことこそ幸福なのだ」と気づいた。
障がいのある人を福祉施設で受け入れると、年間500万円の費用がかかるという。「国が最低賃金150万円を保障し、雇用を促進すれば350万円以上の財政削減ができる」と、会長は提案する。「誰もが会社で役に立って働ける『皆働社会』が実現できるのではないか」
「役に立っている」という実感を得るのは難しい。そのためには働く場の環境作りが大切なのに実行している会社は少ない。仕事ができて当たり前という空気の職場が多いのではないだろうか。本当は幸福ってすぐそばにある。そばにあるからこそ見失いがちなのかもしれない。
ダストレスチョークに続く商品として、日本理化学工業が力を入れているのが、ガラスに書けて消せるチョーク「キットパス」だ。私がその存在を初めて知ったのは、「Get in touch」を法人化する前のアートイベント。参加者に落書き感覚で自由に絵を描いてもらった。子供たちはもちろん、大人もどんどん夢中になる。そして、言葉を交わさなくても、ガラス越しの相手が太陽を描けばこちらは雲や鳥を描く。そんなステキなコミュニケーションツールになるのだ。私自身もキットパスを手にガラスに向かうと、ムクムク何かを表現したくなった。童心にかえるとはこういうことなんだろう。
障がいのある人たちから「幸せとは何か」を学んだ会社が、人を幸せにするチョークを作り続けている。なんてすてきな連鎖だろう。(女優、一般社団法人「Get in touch」理事長 東ちづる/SANKEI EXPRESS)