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「プライドを持った」仕事がタスキつなぐ 「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」著者 佐々凉子さん
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この工場が死んだら、日本の出版は終わる-。東日本大震災で壊滅的なダメージを受けた日本製紙石巻工場。出版文化を守るため、絶望のふちから立ち上がった職人たちの闘いを、開高健ノンフィクション賞を受賞した佐々凉子さん(46)が『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』として記録した。すべての働く人へと送る熱いメッセージだ。
日本製紙は日本の出版用紙の約4割を担う。石巻工場はその主力工場だ。震災発生当時、雑誌で記事を書いていた佐々さん。「紙がなく、雑誌のページを減らさざるを得ないかもしれない、という話を聞いたとき、初めて東北で紙が造られていることを知った。ずっとお世話になってきたにもかかわらず…。なんとうかつだったのかと思い知らされた。編集者から今回のテーマを取材しないかと声をかけてもらった時、まっさきに思い出したのはそのときのショックでした」
津波にのみこまれ、完全に機能停止した工場。しかし、社長は半年での復旧を宣言する。電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、まさに闘いだった。「すべてが泥にのまれた状態。細かい所はスプーンで泥をかき出して…。すごいですよね。ただの仕事だったら、そこまでできない。お金や事務的なものだけではない。『自分たちが日本の出版文化を支えているのだ』というプライドが、彼らを支えていた」
社員の中には、目の前で人が流されるのを目撃した人も多い。「生き残った人たちは、『この命をどう使うべきか』という使命感のようなものを感じていた。ここでへこたれるわけにはいかない、と」
取材期間は約1年。何度も被災地に足を運び、何度も職人たちと酒を酌み交わした。「インタビューより飲み会のほうが長かったんじゃないかな(笑)。飲めば飲むほどやさしくなる人たち。純粋に工場が好き。東北の人ならではの、まず他人を思いやる気持ちだったり、やさしさを持っている人たちでした。こういう人たちが紙を造ってくれているって、いいなあって思わされた」
執筆を「タスキを渡された気分だった」と振り返る。「人間は一人で生きているわけではない。身の回りのものはすべて、誰かが何かをしてくれた結果。仕事って何だろうって教えてもらった。恥ずかしいものは書けない。編集者、デザイナー…。たくさんの人の力を借りて、大きな渦の中で仕事をさせてもらったという感じでした」
今年6月の刊行以来、7万5000部を突破。ノンフィクションとしては異例のヒットとなっている。「書店員さんが、『これは売らなきゃいけない本です!』とがんばってくれている。書評家さんもたくさん紹介してくれて…。紙を愛してくれている人が、こんなにいるのかと。とっても幸せな本です」。“タスキ”は、今、たくさんの手を経て、読者のもとへと受け継がれている。(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS)
「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」(佐々凉子著/早川書房、1620円)