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“食糧安保”中国、日本に挑戦状 穀倉地帯に異変「ダメージ与えられることすべてやる」

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

“食糧安保”中国、日本に挑戦状 穀倉地帯に異変「ダメージ与えられることすべてやる」

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 畜産の飼料だけでなく、食用油、食品の原料に広く使われるコーンスターチなど暮らしを支える商品の生産に影響しかねない問題が今年、表面化した。原因は世界有数の穀倉地帯、ブラジルで起きた異常事態だ。

 同国南東部のサントス港。内陸から港に至る幹線道路は、穀物を満載にした大型トラックが100キロもの渋滞を作り、港の沖合では、おびただしい数の穀物運搬船が待たされていた。

 穀物の増産で1990年代後半から飛躍的に輸出を伸ばし、農業大国の地位に躍り出たブラジル。その意外な弱点をあぶり出したのが、昨年の米国の穀物不作だった。調達先をブラジルに移す動きが広がったが、インフラの整備が追い付かず、主要な穀物輸出港が大混乱に陥ったのだ。

 混乱の背景に中国

 「普通なら1週間程度で穀物を積み込むのを40日も待たされた」(関係者)。日本の商社は早めに穀物を確保し切り抜けたが、「予想以上に船が滞り危うく供給が途切れそうになった」と商社関係者は明かす。

 混乱の背景には「爆食」中国の存在がある。穀物運搬船の多くが向かう先は中国で、6万トンを運べるパナマックス級(全長約230メートル)なら、大豆だけで年間400隻ほどが太平洋を渡る計算だ。

 「中国は大豆の自給をあきらめた。今や世界各国の総輸入量の6割以上を中国一国が占める。安定供給基地としてブラジルに目をつけ、ブラジルも中国の需要に積極的に対応してきた」

 資源・食糧問題研究所代表の柴田明夫(62)はこう語る。勢いを増す爆食の受け皿国はブラジルしかなく、その存在がなければ中国の食は破綻していた。そしてブラジルを農業大国に押し上げたのは日本だった。

 日本が育てた大地

 栄養分が抜け落ちた強酸性の「出がらし土壌」が広がり、見捨てられていたブラジルの熱帯サバンナ「セラード」。日本の国土の5・5倍にも及ぶ不毛の大地は70年代以降の革新的なプロジェクトで豊潤な大地へと変貌を遂げた。

 「ブラジル緑の革命」などと称賛されるセラード農業開発は、日本政府と民間が資金面や技術面で支えた政府開発援助(ODA)の代表的な事業だ。セラードに集団入植した日系人の血のにじむ労苦もあった。20年間も事業に携わり、「セラードの生き字引」と呼ばれる国際協力機構(JICA)客員専門員、本郷豊(65)は強調する。

 「セラード開発には人々の努力はもちろん技術的、制度的イノベーションがあり、日系人の優秀な農家がいた。制度がなければ新しく作ってやろうという気概を持つ人たちも続々と出てきた。だからこそこれだけのことが成し遂げられた」

 協力事業は2001年に終了した。ベテラン商社マンは「先人が苦労を重ね、がんばった歴史が日本人への信頼となってわれわれの仕事のなかにも生きているのを感じる」と話す。

 ただ、別の商社マンは日本の存在感が急速に薄れつつあると感じる。その間隙(かんげき)に入り込もうとするのが中国だ。

 「日本にダメージを与えられることはすべてやる。中国お得意の窓口規制じゃないのか…」

 こんな疑念が穀物業界に広がっていた。

 総合商社の丸紅が昨年5月、米国穀物集荷3位のガビロンを約2800億円で買収すると発表し、昨年9月に終えるはずだった買収手続きが7月上旬、ようやく完了した。冒頭の疑念は、自国の市場に影響が及ぶ合併などを審査する中国独禁当局が、尖閣諸島(沖縄県石垣市)国有化への報復として審査を遅らせた、という周囲の見方だ。

 大豆にこだわる理由

 「中国で独禁法の申請案件が増え、独禁当局の人手が不足していると考えている。当局から出された買収の条件も、2社の間にファイアウオール(仕切り)を作りなさいと言っているだけで、マイナスにはならないと会社として判断した」

 丸紅穀物第一部副部長、福田幸司(41)はそうした見方を否定した。年間の穀物取扱高の見通しが一気に5500万トンを超え、日本勢初の穀物メジャー入りが決まった今回の買収。独禁当局が突きつけた「中国向け大豆の輸出・販売業務は2社が独立して行う」との条件は、大豆輸入市場をコントロールされるのを嫌ったため、との受け止め方も根強い。

 中国が大豆にこだわるのはなぜか。政府が恐れるのは国民が不満を募らせやすい生活必需品の高騰だ。その一つが食用油であり、原料になるのが大豆なのだ。

 「中国政府は、大豆の値段がどれだけ上がっても、食用油の値上げをしてはいけないという意識が強い。大豆価格の上昇で経営が苦しい中国内の搾油メーカーが値上げしようと申請しても、難癖をつけて止めさせようとする」。業界関係者はこう話す。

 商社にとって中国はパートナーでもある。日本の大豆の輸入量は年間200万トン台なのに対し、中国は6千万トン以上に拡大。巨大な需要を取り込み、穀物の取扱量を増やせば、売り手への交渉力(バイイングパワー)が増すためだ。ただ、中国企業が本格的な商社機能を持つようになり、ブラジルで拠点を構えるとなれば話は別。「うかうかすると買うものがなくなってしまう」と商社幹部が言うように、脅威に転じるのだ。

 「ブラジルの港湾の投資に中国企業が興味を示している情報も聞く。間違いなくサプライチェーンの上流を狙おうとしている」。商社の中堅幹部は断言する。

 アフリカでは中国が農地買収を加速して国際問題に発展。ブラジルでも大規模な農地争奪の動きをみせたため、警戒したブラジルは近年、農地の外資規制に踏み切った。露骨な手法は取れないが、穀物トレーダーの引き抜き、搾油メーカーの現地事務所設置、政府や民間の使節団派遣などで進出の機会をうかがう。

 こうした動きに先手を打つため、日本の食糧調達を担う商社は、ブラジルや米国などの集荷会社の買収の動きを活発化させる。

 「物流」の投資を進める丸紅はガビロン買収に先立ち、ブラジルで港湾会社を完全子会社化。主体的にコントロールできる穀物輸出港を確保した。三菱商事はブラジルの大手集荷会社を買収することを決め、米国でも集荷会社を買収した。

 三井物産はブラジルの穀物会社を傘下に収めた。東京都の半分の面積にあたる約12万ヘクタールで商社初の穀物の直接生産に乗り出し、調達力を高める。同社マルチグレイン推進室長の角道(かくどう)高明(49)は「農業生産は、天候リスクもあって無謀だと言われることもあったが、日本の食糧安定供給の使命もあり、挑戦を続ける」と話した。

 経済力の維持が鍵

 中国は大豆に続きトウモロコシも2009年に輸入に転じ、その量は早くも約500万トンに膨張。約1500万トンを輸入する日本を近い将来追い抜き、最大輸入国になるのは確実だ。世界的に増産が追い付かなければ、本格的な穀物争奪戦に突入する。

 食は国家を支える根幹だ。穀物調達の最前線にいる商社マンはこう話した。

 「世界は、金を持っているところだけが食糧を買えるという段階にすでに入った。日本の食糧安全保障を強くするには、買う力を強くするという一点に尽きる。中国の爆食の影響をどれだけ少なくできるかは、日本の経済力を維持拡大できるかにかかっている」(敬称略)

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