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【アジアの目】ネットが変えたホテルビジネス

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

【アジアの目】ネットが変えたホテルビジネス

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 ミャンマー最大都市、ヤンゴンでは深刻なホテル不足を解消しようと、外資、地元資本による大小を問わないホテル建設、既存ホテルの増改築が相次いでいる。2011年の民政移管後に急増したビジネス客に加え、観光面でもアジア最後のフロンティアとして魅力を持つミャンマーだけに、世界各国から多くの観光客が訪れるようになったが、ホテルの供給が需要に全く追いついていない。地元では、ホテル不足がヤンゴン発展の足を引っ張りかねないと懸念する声もあがっている。

 ◆20年前の苦い経験

 「政府は、ヤンゴンのホテル室数を来年には9000室に増やすというが、すでに毎月10万人以上が訪れており、とても足りない。このままでは観光客はヤンゴンを素通りし、マンダレーやバガンなどの観光地に直行してしまう」。ヤンゴンで旅行業を営む友人のビジネスマンは、ヤンゴンのホテル不足に懸念を隠さない。

 ミャンマーでは、1990年代初め、軍政が経済改革路線にかじを切ったのを受け、ホテル建設が相次いだ。現在、ヤンゴン市内にある大型ホテルの多くは、日本も含めた外国資本の手で建設されたものが多い。ところがその後、軍政が規制を強め、さらに国際社会による経済制裁で、ホテル業界は突然、冬の時代を迎え、その状態が20年近く続いた。大型ホテルには閑古鳥が鳴き、国への地代さえも払えない状態が続いた。現在では、宿泊客が引きも切らない「トレーダーズホテル」も例外ではなかった。

 いま、同ホテルは最低でも1泊200ドル(約1万9700円)を超えるが、民政移管前は50ドルがせいぜいだった。「今の値段が高いのも、前回の経験から、稼げるうちに稼ごうという思いがある」(地元ビジネスマン)ようだ。

 20年前のホテルブームは、民間開放だけでなく、個人事業者の参入も認められたためだ。ヤンゴンでは当時、植民地時代の建物を改装するなどしたコロニアルスタイルの小ホテルが、いくつも開業した。

 しかし、観光客の増加を待つ前にブームは終わり、これら小ホテルもほとんどが廃業に追い込まれ、残ったホテルも家族だけでほそぼそと営業してきた。

 ヤンゴン大学に近く、最近は若者の街として、ファッショナブルな店が次々とオープンするレイダンにほど近い「ゴールデン・ゲスト・イン」もこうした時代を経験してきた。

 ◆スパークした予約

 同ホテルの経営者、タット・ナイ・ウィン氏(37)によると、元々は貿易業をしていた祖父が建てた家を20年前、宝石業を営む父親がホテルに改装した。その後、両親が中心となって経営してきた。だが、新政権発足後も恩恵は、ホテルにまでなかなか及ばなかったという。

 ところが、昨年秋、彼が経営を引き継ぎ、部屋の改装に加え、ブロードバンドのインターネット環境を整えて、主要なホテル検索サイトに掲載したとたん、「予約がスパークした」(同氏)。

 それまで、客が1人も来ない日があったのに、いまでは17ある部屋が連日、ほぼ満室状態。1泊朝食付で、60ドル程度という価格も人気だ。

 彼自身、ヤンゴン大学の医学部を卒業後、カナダ、日本でそれぞれ、数年ずつ研究生として生活したこともあり、「各国を旅した経験と医師としての立場から、ホテルは、高速のインターネット環境と清潔さが不可欠。それがあれば受け入れられると思った」と分析する。

 ヤンゴンであってもほんの数年前までは、ホテル備え付けのコンピューターから、限られたドメインのメールアドレスしか使えず、検索もままならなかったことを考えると、まさに雲泥の差だ。こうした情報通信分野の進歩が、今の変化を加速させているのは間違いない。それと同時に彼らのような外国での経験を積んだ若い世代が、その経験と発想を新しい国造りに生かせるかどうかに、ミャンマーの将来がかかっている。(ヤンゴン 宮野弘之)

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