SankeiBiz for mobile

【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(15)

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(15)

更新

パヤー(寺院)の周辺に並ぶカドーブェ店。恰幅のよい麦わら帽子の男性やカメラの方を向いている女性は店主たちで、マ・トゥー・ス・チェーのメンバーである(高橋昭雄氏撮影)  ■門前町の繁栄で発生した金融講

 日本では鎌倉時代にはあったという頼母子(たのもし)講あるいは無尽講は、経済学では回転型貯蓄信用講(Rotating Savings and Credit Association, ROSCA)と呼ばれ、一定の期日に構成員が掛け金を出し、くじや入札で決めた当選者に一定の金額を給付し、全構成員に行き渡ったとき解散するという互助的金融組織を意味する。当節の農村開発やコミュニティースタディで注目されている分野の一つである。その理由は、制度金融が発展していない途上国で、この講が庶民の互助組織として、貧困削減や家内工業振興に役立つと考えられているからである。

 ◆商店主らが掛け金

 昨今のミャンマーでも、国連開発計画(UNDP)やさまざまな非政府組織(NGO)の活動によってこうしたタイプの金融講が急増している。しかし、外部からの働き掛けによらない自生的な講は、町の市場商人やサイッカー(自転車タクシー)業者間で時たま見かける程度で、私の経験では農村部で実見することはなかった。ところが、農村で金融講が発生する過程をたまたま見聞することができた。今回の事例もあのティンダウンジー村である。

 ミャンマー語でROSCAは「ス(集める)・チェーグェー(金銭)・アプェ(組・講)」という。村で最初にこれができたのは2009年で、その組織者は当時27歳のマ・トゥーという名の若妻だった。彼女にちなんで、この講はマ・トゥー・ス・チェーと呼ばれる。メンバーは16人で、全員がガドーブェ店や食堂の経営者であり、農民や農業労働者は1人もいない。毎日1万チャット(約1060円)の掛け金を支払わなければならないので、日銭の入らない農民や、そもそも1日3000チャットほどしか稼げない農業労働者は加入したくてもできない。

 つまり、このス・チェーはパヤー(寺院)周辺の門前町の繁栄がなければそもそも発生しなかったのである。その意味ではこれもパヤーの恵みといえるかもしれない。

 マ・トゥーは25歳でティンダウンジー村の左官と結婚して村にやってきた。その前はチャウセーの市場の片隅で、小さな屋台で揚げ物を売っていた。この時に市場の商人たちが行っていたス・チェーのノウハウを学んだのだという。

 彼女は毎日夕方になるとメンバーの店を1軒ずつバイクで回ってその日の掛け金を集める。そして10日に1度、くじ引きであらかじめ決められていた順番に従って、1人が160万チャット(1万チャット×16人×10日)を出金する。利子はないが、構成員はくじ運に恵まれて早めにまとまった金がもらえることを期待してこれに参加する。16人全員が出金し終えたら、もう1度メンバーを募って、くじ引きをして、また新しい回転が始まる。

 ◆高利貸の資金源に

 ただしマ・トゥーはくじを引かない。ス・チェーの組織者である彼女は、必ず最初に160万チャットを受け取るという特権を持っているからである。それこそが、彼女が金融講を組織して毎夕掛け金の督促に行くインセンティブとなる。

 彼女の本業は高利貸で、1番くじで引き出した160万チャットはその元手となる。その利子は借り手によって異なるが、10日間で10~15%という高利だ。つまり高利貸の資金稼ぎの場としてス・チェーが使われている。

 チャウセーの街中には掛け金1日5000チャットから10万チャットに至る種々のス・チェーがあるが、私が見聞した限りではすべて金貸しによって組織されている。

 マ・トゥーは毎日掛け金を集めるだけでなく、掛け金の盗難や紛失、メンバーの中途脱退など、さまざまなリスクに関するすべての責任を一身に負う。すなわち構成員同士の信頼関係は一切不必要であり、この金融講の成立と存続は、メンバー一人一人がマ・トゥーを信用するかどうかのみにかかっている。極端な話、構成員が互いに顔を知っている必要さえない。事実、この村にはチャウセーの町のス・チェーに加入している者もいるが、組織者以外のメンバーの名前さえ知らないという。

 金貸しが金持ちだけを対象に組織し、構成員はお互いの顔さえ知らず、貧乏人はこの金を元手にした高利貸に苦しむ、というようなス・チェーがはたして互助組織といえるのだろうか。貧困削減に役立つのだろうか。ミャンマー農村の事例から、回転型貯蓄信用講の別の側面がみえてくる。

ランキング