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タイ 国民和解策を積極展開 軍主催の無料イベントなど開催
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特設ステージでは歌や踊りが披露され、連帯意識の強化に役立っている=4日、バンコク・戦勝記念塔 タイは国を二分するまでの政治対立の結果、軍が事実上の「仲裁」に乗り出し全権を掌握した。クーデター直後は、反対する前政権派の抗議集会を力で封じ込めるなどの場面も少なからず見られたが、現在は治安回復も進み、全土に発令されていた夜間外出禁止令も解除された。軍事政権当局は1年数カ月後の民政復帰を言明し、今後は「国民和解」を進めるとする。そのための各種融和策やイベントなども積極的に展開していく方針だ。
◆治安に落ち着き
15日昼過ぎ。旅行客にも人気のあるバンコク中心部のルンピニ公園に到着した迷彩車両から陸軍と首都圏警察の部隊が次々と降り立った。治安維持の出動ではない。手には簡易テントや机と椅子などの資材、談笑しながらチューインガムをかんでいる兵士もいる。軍当局が主催した「国民にほほ笑みと愛、幸せを取り戻すハッピーイベント」設営のための人員派遣だった。
この日、ルンピニ公園には延べ5000人(主催者発表)のタイ人が集まった。特設ステージでは人気の女性歌手らが大ヒットした歌謡曲を次々に歌いながら踊りを披露し、観客席から拍手を浴びた。園内のあちこちに模擬店が設けられ、無料の食事や飲料などが提供された。軍医や看護師も派遣され、無料の健康診断やインフルエンザ予防摂取サービスに長い行列ができた。
来場者には家族連れも多く、ちょっとしたレジャー日和。自らは反タクシン派という運転手のポムさんは「感情ばかりが先に立って、赤シャツ(タクシン派)とは話をしてこなかった。ちょうど良い機会」と歓迎する。一方で、娘たちと訪れたというタクシン派でマッサージ師のビーさんは「何でも無料というからきたけど、この程度でわだかまりはなくならない」と複雑な表情を見せる。
軍当局のこうした無償サービスを伴うイベントは、治安が落ち着きをみせ始めた6月になって頻繁に開かれるようになった。軍広報官によれば、これまでにタイ全域の300以上の野外イベント施設などで開催され、延べ数万人が参加したという。
野外のイベントだけではない。全国160カ所の主要な映画館では、いまなおタイ社会で人気の高いアユタヤ王朝期のナレスワン大王を描いた公開中の歴史映画「キング・ナレスワン5」の上映が、15日午前中の1回に限って無料とされた。映画館側では3万5000席を用意して対応に当たったが、これを上回る来場者が殺到し、ガラスが割れるなどの事故も発生した。
現在、開催中のサッカーW杯ブラジル大会も「国民和解」策の対象となっている。当初は、放映権を持つタイの音楽芸能会社が全64試合中22試合を無料放送とし、残りを有料で配信する予定だった。ところが、軍当局が待ったをかけ、全試合の無料化を要請。行政裁判所で争われる事態となったが、最終的に軍が押し切って要求をのませた。音楽芸能会社側には補償金約4億3000万バーツ(約13億5450万円)が支払われた。
◆行政の継続性も着手
無償サービス以外にも、軍当局の意向を支持する向きは多い。動画サイトYouTubeに投稿された「タイ王国に愛を取り戻す」というタイ語の新曲は、投稿後1週間余りで30万回近い視聴を記録した。作詞者は軍事政権のトップ、プラユット陸軍司令官。「危機に瀕(ひん)した国家を救うために軍は立ち上がった。幸福と愛を取り戻すために少し待ってほしい」という言葉に、一定の支持が集まっていることだけは確かなようだ。
軍によるクーデターは、結果として政権を追われたタクシン派に不利に働いている。だが、軍事政権は前政権の施策を一様に切り捨てたりはしていない。「行政の継続性」という理由から、未払いだったコメ買い上げ策の対象農家に支払いを再開している。反タクシン派に近い憲法裁判所が違憲としたインフラ整備計画の再検討もすでに指示した。貧富の差の解消につながる税制の見直しにも財政当局が着手している。論壇では「大衆迎合」などという西側社会の批判が目立つが、その評価はまだ少し気が早いようだ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀晋一)