目を向けるべき厳しい現実
東西冷戦中にも、アメリカの「核の傘」の実効性に疑問が抱かれたときがある。1977年にソ連が中距離弾道ミサイルSS20を欧州東部に配備したときである。それによって、欧州枢要部は全てSS20の射程圏に入ることになったが、ソ連がSS20によって欧州を核攻撃した場合、アメリカは自国が核攻撃を受ける危険を冒して本当にソ連に核攻撃をするのかという疑問が生まれた。
その疑問を解消するため、アメリカは1982年、中距離核ミサイルパーシングⅡを欧州に配備し均衡を回復した。そして1987年、米ソの間で中距離核戦力全廃条約が締結され、SS20とパーシングⅡは撤去された。
これらの事実は、残念ながら、核を抑止するものは核以外にないことを、中華人民共和国からの核攻撃を抑止するためには日本も核抑止力を保有する以外にないことを、教えている。
唯一の被爆国として、核兵器全廃を目指すことは崇高な理想としては正しい。一方、厳しい現実に目を向け、日本は、唯一の被爆国だからこそ、二度と核攻撃を受けないために核抑止力を保有する権利があると言うこともできる。
今回の日本への先制核攻撃を主張する投稿は、われわれに、この先も唯一の被爆国として核抑止力を保有せず、中華人民共和国その他の核保有国から3度目の核攻撃を受ける危険、核の恫喝(どうかつ)を受ける危険に晒されながら生きる覚悟をするのか、3度目の核攻撃を受けないため、核抑止力を保有して信頼できる「核の傘」の下で生きる覚悟をするのか、真剣に議論するべき時期が来ていることを教えてくれている。
【疾風勁草】刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。アーカイブはこちらをご覧ください。