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今も動員右肩上がり レジェンドの語る宝塚、ミュージカルの未来とは

 同劇団に1959年に入団以降、3000曲以上を手がけた作曲家、吉崎氏は「入団したころ、作曲も指揮もでき、外国に行くチャンスもある場所は、宝塚歌劇団しかなかった」と振り返る。63年入団の演出家、岡田氏も「入団当時は、ミュージカルやレビューとはなんぞやという時代。ストレートプレイの新劇が全盛でしたから。ミュージカルが市民権を得たのはとてもうれしく思う」という。

 “市民権”を得るまでには、長い歴史がある。

 吉崎氏は67年、宝塚歌劇初となるブロードウェー・ミュージカル「オクラホマ!」の上演に携わった。

 その数年前、航空会社の米国東海岸就航を記念し、「現地でショーを」との依頼を受け、劇団員数名を連れてニューヨークでショーを実施。「オクラホマ!」の打ち合わせも渡米目的の一つだった。

 「オクラホマ!」は、ウエスタンもののミュージカル。「女性だけの宝塚歌劇でウエスタンものをやるのは、という不安の声もありましたが、音楽がしっかりしている。生徒(劇団員)が歌える音域にすれば大丈夫だと思っていた」。公演時、自身はオーケストラボックスに入って指揮棒を振り、海外ミュージカルの宝塚版の礎となった。

 一方、岡田氏は、吉崎氏の4年後に入団。大学時代、ミュージカル映画「ウエストサイドストーリー」を見て、ミュージカルの中に、人種問題など社会的なテーマを内包していることに衝撃を受けた。「それまでミュージカルは恋愛ものが主流」だったというが、「将来、日本にもリアリズムを基本にしたミュージカルの時代が来る。当時、“歌入りの芝居”を上演していた唯一の劇団、宝塚歌劇で勉強したいと思いました」。

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