社会・その他

慢性的な「デフレ・レジーム」の愚へ…デフレ経済が招いた江戸幕府崩壊

 財政難のたびに商人から借り入れ、担保に年貢の徴収権を取られる藩もあとを絶たなくなりました。幕府がもしその気になっていたら、藩の借金の肩代わりと引き換えにその領地を接収して幕府の財政基盤を強化するとか、民間のパワーを取り込んで幕府主導の藩政改革を行うチャンスもあったのではないかと思います。

 経済を蔑ろにした江戸幕府は倒れるべくして倒れた

 ところが幕府は、最後まで現状維持・既得権益の死守に明け暮れてその機を逸してしまいます。金融引き締めと緊縮財政は自由経済で民間が力を付けることをよしとしない、官僚層の抵抗であるとも言えます。これもまた、現代に通ずるところがあるのではないでしょうか。

 そうしているうちに幕府はさらに弱体化、人心は離れていきます。欧米列強からは開国を迫られますが、もうこれを打ち払う力はありません。能力ある人を生かせず経済を蔑ろにした江戸幕府は、倒れるべくして倒れたのです。

 米価安の諸色高石高制への固執も幕府崩壊の要因

 幕藩体制は「石高制」で、武士は給料として受け取った米を市場で売って現金に替えていた。新田開発や農機具・肥料の改良で米価は安定していたが、その他の商品作物は値上がり傾向で金銀銭は流出の一途。財政が限界に達すると改鋳を行って金銀銭の価値を下げ(米の価値を上げる)だが、守旧派による揺り戻しがあってデフレ経済に逆戻り。この慢性的な「デフレ・レジーム」が幕藩体制の崩壊を招いたとも言える。

 上念 司(じょうねん・つかさ)

 1969年、東京都生まれ。中央大学法学部卒業。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。金融、財政、外交、防衛問題に精通し、評論・著述活動を展開している。(経済評論家 上念 司)

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