少なくても、ぼくがここで理解するのは、クチネッリは本気であるということだ。
「長い年数、それも何十年ではなく、何百年単位の年数で意味あること」を、2019年の今、忘却の彼方に追い込まずに「現在も生きる」ものとして尊重していく。彼はこの信条をもって自身のブランドをつくり、ソロメオやウンブリアに生活する人たちの人生に気を配ってきた。
その一方で、大西洋を超えた国に住む、目まぐるしいスピードで覇権を奪い合うテクノロジー企業のリーダーに向かって、さらに深く語りかけざるを得ないと思うに至ったに違いない。
現在、サスティナビリティーという言葉が多用される。「持続可能」とは何年単位のことを指しているのだろうか。環境問題を視野に入れているからといって、人々の頭のなかでは、せいぜい自分の子どもか孫の世代がどうか、というあたりが時間的スケールだと感じることが多い。それだと何百年にはならい。
環境問題は重要なテーマであるが、それを考え続ける倫理が弱いとテーマに押しつぶされてしまう。環境問題はテクノロジーによって改善されることも多いが、テクノロジーを使う人の倫理が問われる。
クチネッリは、ここにある陥穽が気になっているのではないだろうか。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。