この感想を頂いて、あることを考える。
AI(人工知能)とのつきあいのなかで語られるセリフのひとつに、「やはり、人の頭のなかにこそ価値がある」というのがある。それはそうだろうと思う。特にホワイトカラーの場合は、そうだ。だが、その視座にホワイトカラーの身体性が欠けているのではないか? とふと思うことがある。
言うまでもなく、「AIで職業マップが大きく変わるのは知的労働者と言われる人たちであって、手を使う人たちは生存確率が高い」とのセリフも普及している。
しかし、このセリフのなかにある「手を使う人たち」とは、ホワイトカラーとの対比にある(とみられやすい)現業労働者にイメージが絞られていないか? 手を使う人たちが知的労働者ではないと言い過ぎていないか?
つまり、近代工業時代からある「ホワイトカラー」「ブルーカラー」という分け方自体の再定義こそが必要なのではないかと感じるのだ。
殊に「デジタル・ブルーカラー」とでも称すべきような人が働く仕組みが作られ、その人たちを「クリエイティブクラス」と言い換えてその仕組みの問題を隠しているのではあるまいか、と思わないでもない。
きっとこの話題が考えぬかれると、手を使う仕事の意味が全うに問い直されるはずだ。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。