その当時、日本で文化といった場合、極めて狭い範囲を指していることが多いとぼくは感じていた。文芸あるいは美術や音楽、すなわち「文化人」と称する人たちが、アウトプットでお金を稼ぐ領域が文化である、と。それでビジネスが絡むのであれば、このフィールドに対する協賛金の拠出というのが大方のイメージだ。
もちろん、「草の根文化交流」となれば対象は異文化となり、言葉から生活習慣に至るまで文化との認識はある。しかしながら文化の一言だけだと、不思議なことに狭くとらえがちなのである。あるいは電子機器のユーザーインターフェースと文化の間に距離をもってしまう。
このあたりのギャップが、ユーザーインターフェースのデザインに関わる人たちの頭のなかに敷居をつくっているのだろう。いずれにせよ、彼らは文化の当事者でありながら、これを客観的に相手にするのは苦手なのだと認識した。
話はここからレベルが変わる。
その後、日本は政府のクールジャパン政策やインバウンド促進などから、「日本の」文化を意識する人たちが増えてくる。実のところ、1970年代以降、「経済から文化へ」の軌道変更(あるいは追加)の議論は何度かあるが、その都度に「日本の」文化のパワーとその有効活用が論じられてきた。
伝統という言葉のあとに、有無を言わさず「正しいもの」「日本の本当の精神に触れる」と続く表現に、ぼくは疑いの目をもっている。
ぼくは、この流れのなかで「日本の」文化に付かず離れずの関係を続けた。例えば、「ナンチャッテ寿司」は正統的和食の後押しをすると意見を述べてきた。外国人がつくる寿司を上から目線で語り、東京のイタリア料理がイタリアより美味いなどと評する無邪気さに気がつくべきだ、と。