実際、デザイナーと呼ばれるのではなく、イタリア語でプロジェッティスタ(プロジェクトを実践する人)と呼ばれることが多かった。あるいは、建築家だ。ただ、記憶が正しければ、トリノを中心とした20世紀後半のカーデザイナーはスタイリスト(イタリア語でスティリスタ)が一般的であったように思う。
ぼくの個人的想像であるが、クルマのデザインはワンオフでもない限り、1人の人間がやることやできることが限られており、1人の着想が完成品まで貫通しづらいからプロジェッティスタにはなりにくい事情があったかもしれない。
今世紀に入ってもイタリアでプロジェクトという言葉は多用されるが、プロジェッティスタやプロジェクト文化という表現は比較的低調になった。デザイナーという英語の職能がそのまま使われ、起業家精神とも密接な関係を示唆することが少なくなった。
他方、世界的にデザインの対象が有形なものからコンピューターのインターフェースやサービスなど無形のものに広がる。この10数年間、ビジネスの世界で普及してきた「デザイン思考」は、非デザイナーがデザイナーの思考様式を使えるようにした一種のツールといえるが、この体系化をしたのはシリコンバレーの人たちだ。建築家ではなく、エンジニアの思想が基盤にある。
結果、デザインという言葉はグローバルに広がり、その適用範囲も広がったが、同時にデザインとは何か? の解釈も多義的にならざるをえなくなった。その多義的状況のなかで、人間が、あるいは人間性がどう扱われているかが、数ある解釈を選ぶ際の大切な判断の指標として再認識されている。