知の巨人との称号を連発するのは、小さな山でも大きな山を見たことにすることで安心の材料を増やしたいのではないかと思うのだが、偉人の名言も心理的狙いとしては同じだろう。そして、何度も言うが、これは全体像の曖昧さを助長する。
したがって、自分の具体的な経験のなかから見える風景を事細かに把握し、それを丁寧に表現するのが大切だと思っている。
…とここまで書いたところでClubhouseを聞いていたら、偶然にも次のような台詞が耳に入ってきた。
「優れた写真家は文章が上手い」
視点に見るべきことが多い、という意味だ。美文の書き手であるかどうか、ではない。
Lobsterrというメールで届く週1のニュースレターがある。その編集3人が集まった編集後記のトークをするルームのなかでのY.Mさんによる発言だったと思う。
ぼくもY.Mさんと同じ感想をもっている。しかも写真家だけでなく、アーティストやデザイナーについても同じような思いを抱くことが多い。デッサンはモノの見方をトレーニングするに役立つと言われるが、自分の目で「独り立ち」をするための必須科目なのだ。
延々とこう書いてきてなんだが、最後に、引用についてひとつだけ注釈を記しておこう。
自分の血肉となった言葉は引用元を示す必要はないと思う。血肉になるとは原典を忘れるほどに、いくつかの経験がまじりあって発酵したような状態だ。誰それの言葉だと名前を挙げて紹介しようがない。しかし、あえてその原典に触れるなら、「私の思想の系譜」というタイトルによるだろう。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。