「スモールワールド!」と思った時は、小さい世界の濃度をもっとあげていくのが楽になり、どうアプローチすれば人のネットワークがより充実するかが見えてきている時だ。誰かと知りあいになろうと思えば、共通の知人がどこかにいるはずだ。だから世界は狭いと思えてくる。
しかしながら、この時点から道なき道を歩むのが面倒になり、あまり意識しないで動く癖がついていくと「世界を知った気になる」。要するに、ある枠組みの向こうにある考え方や感じ方の存在に鈍感になるのである。
もちろん、いくつもの枠組みを横断的に常に生きるのが現実として可能かどうかという問題がある。ただ、向こうにある世界を視界(あるいは意識)の片隅にでも入れておくのは、自らの位置を確認する術として必要である。
そのためにも世界は立体的に見ないといけない。二点だけだと、向こうの世界とは距離の遠いところになる。単に平面で遠いところに行っても、自分の位置は掴めない。やはり上や斜めから見られるポイントが欲しい。それには三点なのだ。
冒頭のぼくのエピソードに照らしてみよう。新しいラグジュアリーの動向としてぼくが今おさえている風景は、あまりに平坦に単純化して考えているがゆえに何らかの錯覚をしているのか? という自問はしてみたい。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。