第2回 事実と意見を分ける<基本>
会議でもっと効率的に意思決定ができたら…。上司やクライアントをもっとスムーズに説得できたら…。仕事でこんなふうに思ったことはありませんか? この連載では、子供にロジカルシンキングを教える学習塾ロジムの主宰・苅野進が、SankeiBiz読者のみなさんに、ビジネスパーソンにとって重要なスキルであるロジカルシンキングの基本を伝えていきます。今回のテーマは「事実と意見を分ける」です。
今日は30度ある。とても暑いな
「30度ある」は事実で、「とても暑いな」は意見ですね。「これを見分けましょう」という練習問題は大人なら難しくないですね。
事実とは、「このリンゴは赤い」や「きのうの売り上げは昨年より良かった」など誰が見ても客観的に正しいか間違っているかの判断が可能なものです。(「赤い」に個人差があるなど細かい問題は残りますがここでの議論は割愛しましょう。)ひとつ注意が必要なのが、事実には「正しい事実」と「間違った事実」があるということです。「現在の日本の首相は夏目漱石である」は事実ですが「間違った事実」です。これに対して、意見は「とても暑い」や「とても人気である」など見る人によっては判断が異なるものです。
このような指導は小学生の頃からよく受けるものです。ロジカルシンキングでも非常に重視されています。実社会で「どちらが事実? 意見?」などという問題に出会うことはありません。いったいなぜでしょうか?
それはしばしば私たちは意見にすぎないものを事実のように見せかけて、「根拠」として使ってしまうからです。
見せかけの「事実」が招くリスク
「最近の若者は文字を好まないので、映像で訴求すべきだ」というように、あくまで意見にすぎない「最近の若者は文字を好まない」をあたかも事実のように使ってプレゼンしてしまうのです。「本当に最近の若者は文字を好まないのか?」を意見として捉え、しっかり検証しなくてはいけないにも関わらず、事実として検証が要らないと考えてしまいます。目の前の交渉相手は説き伏せることはできても、トラブルは抑え込むことはできません。意見を事実のように使ってしまうと、グラグラした土壌の上に何の対策もせずに家を建てるようなものでいつか必ずトラブルが発生するのです。
事実と意見の区別について、ビジネスの現場では非常に神経質になる必要があります。
たとえば、
この企業の鑑定結果は10億円です。お得なので買収すべきです
という提案について考えてみましょう。ここで、
この企業の鑑定結果は10億円
が事実で、
お得なので買収すべきである
が意見だと考える方が多いのです。
買収すべきかどうかは誰が見ても判断が可能なものでないという考え方です。お得なので買収すべきである」が意見だということについては問題ありません。しかし、「この企業の鑑定結果は10億円」というのはどうでしょうか?
たしかに、「ある鑑定人が10億円という試算をした」というのは事実でしょう。しかし10億円という試算結果はあくまで「鑑定人の意見」なのです。ここで大事なのは、「鑑定結果が10億円」ということを、意見ではなく正しい事実として扱ってしまうことです。正しい事実だと考えてしまうと、検証しなければいけないという意識が抜けてしまいます。10億円という事実を元に判定した買収しようという検証があったとしたときに、10億円という鑑定自体は検証しないことになってしまいます。
これは、非常に危険であることはご理解いただけると思います。ビジネスの場では、自分に都合の良い情報を事実のように扱ってしまいがちです。上司や顧客を説得したいがために意見を事実のように宣言してしまうと、大きなトラブルにつながってしまいます。
根拠の薄い「共感」は説得力を失う
「意見」の取り扱いで注意したい点はもうひとつあります。意見を事実のように扱って説得してしまうのと同様に、「意見」への共感をひたすら目指すタイプのやりとりは、交渉の場でもよく行われるものです。
たとえば、
「これってお得じゃないですか?」
は意見です。「お得」とはなんなのか? たとえば「今かかっているコストより安くなる」ということなのか? 基準が明確になっていない限り、人によって判断が変わってくるものです。よく行われるのは、基準を明確にして事実を元に判断しようという姿勢を最初から取らずに、とにかく「お得である」という意見を相手にも同じように、そして事実を元にした根拠によらずに持たせようとする交渉です。
若手のビジネスパーソンに気をつけていただきたいのは、ビジネスの場では、目の前の相手だけが交渉相手ではないということです。多くの場合目の前の相手は、あなたからの情報を再度、他の人間(ほとんどの場合上司)と検討するのです。
そして、あなたが必死に作り出した「お得である」という根拠の薄い「共感」は人を跨いだり、文書化されたりするととたんに説得力を失うのです。
もちろんビジネスの場では「お得」は「未知のリスク」との天秤にかけられるので最終的には決裁者の「意見」によって進むものです。しかし「事実」の分析によって避けられるリスクはできる限り避けなくてはいけません。説明する側になっても、説明を受ける側になっても常にそういったアンテナを張っていたいものです。
説得力がないことに小学生でも気づく
ちなみに、ロジムのロジカルシンキングの授業では「親にゲームを買ってもらうためのプレゼンをしてみよう」というテーマの回が一番盛り上がります。意見や都合のよい事例を普遍的な事実のように都合よく引き合いに出したり、泣きを入れるなど感情に訴えたりあの手この手を駆使します。しかし、一歩立ち止まってクラス全体で「親の立場」でそれらを検証してみようという時間になると小学生でも説得力のなさには気づくものです。
みなさんも交渉の場では「こういうストーリーなら相手は納得してもらえるだろう」というプレゼンの流れを想定すると思います。そんなときに、「相手がノーと言うとしたらどこが引っかかるだろうか?」という検証を必ず入れてみてください。思い込みや都合のよい解釈(「確証バイアス」といいます)に気づくことができ、結果的に説得力のあるものができ上がるはずですし、プレゼン中の相手の反応も理解できるようになることでしょう。
次回はこの「事実と意見を分ける」スキルの応用演習にチャレンジしてみましょう。
【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら