【ローカリゼーションマップ】「教養がないと欧州人から相手にされない」の嘘 問われるのは俯瞰的な視点

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 教養があればよいに越したことはない。ただし、「あればよいに越したことはない」を強調するために、誇張があってはいけない。

 何を言っているかって?

 「教養がないと欧州のビジネスパーソンに相手にされない。食事の場でアートについて話せないと、まともなビジネスパートナーとしてみてくれない」

 この手のお節介なアドバイスのうさん臭さについて言っている。

 そういうシーンは確かにある。歴史や哲学あるいは文学の話題が延々と続くような場だ。日本でもあるところに行けばあるように、欧州でもある。

 いずれにせよ、「あるところに行けばある」なのである。

 日本のふつうのビジネスパーソンが相手とするような人たちがそうそうこういうタイプではないし、欧州のエリートであってさえ、今どき、歓談の相手がこの手の話ができないからと言って、さほど落胆しない。

 どこでもあまり変わらないと思うが、ありがちなのはおよそ知識の披露になり、蘊蓄を傾け過ぎる人は食事の席では嫌われるとの落ちがつく。要は、教養とは歴史のディテールを知っていて、19世紀の哲学者の言葉を諳んじることでもない。

 しかも、ハイカルチャーの凋落は著しい。クラシック音楽のコンサートに出向くのは、その人の趣味であってもはやエリートの必須科目ではない。ルネサンスの名画の裏話を語れば、「この人、そういうのが好きなのね!」と思われるかもしれないが、教養ある人としてみなされるかどうかは別問題だ。

 さて、少し方向を変える。

 かつて20世紀の後半期、「日本ではこうだ」という会話が一方的に欧州人に通用した(ように見えた)のは、日本が経済大国として敬意を表され、多くの指針を欧州の人にも提供すると見なされたからである。

 しかしながら文化としての面白さという次元はさておくと、2019年現在、「日本の場合は」というネタの有難味は減じ、つまりはその話題に耳を傾ける人の表情は昔ほどには輝いていない。

 日本人が日本経済・文化を雑談のネタに持ち込むのは、お互いの共通の話題の不足を補うための「逃げ道」でもあったのだが、その手法があまり使えなくなった、ということでもある。

 他方、欧州人が日本ネタを持ち出す背景には、次のような事情もあったかもしれない。

 留学や駐在から日本に戻った人が、よく「欧州では歴史や文化の話が根付いている。日本のことを聞かれて答えられずに恥をかいた」と反省する。

 これも穿った見方をすれば、欧州人が日本人を相手に共通の話題を見つけにくく、お手軽な着地点として日本の歴史や文化のことを聞いた可能性も高い。それも、歴史や文化に対する「あなたの解釈」が聞きたかったのに、あなたの知識が試されたと思い違いをしていた場合が多々ありそうである。

 そう、基本的にどのようなときでも、相手は「あなたの見方」を聞きたい。

 現在の社会現象や問題を俯瞰的な視点や多角的な視点で話すのは食事の席でも歓迎されるが、「俯瞰的」や「多角的」は教養をバックボーンとするのだ。

 というわけで、「アートの話ができないと相手にされない」というのは、極めて誤解を生みやすいアドバイスである。 

 翻ってみると、欧州は敷居を高くすることでブランドを作ってきた。ユニバーサル文化の源流が欧州にあるとすることで、長い間、主導権を握ってきたのである。

 米国の先端的なビジネスパーソンと言われる人たちも、欧州文化を相変わらず指標にしていることが多い。

 冒頭のセリフは、欧州文化の戦略にまんまと引っかかっているのだ。しかし、その欧州がとうとう精神的だけでなく物理的な行き詰まりにきている。

 ぼくが今年読んで深く心に残っている二冊の本がある。ダグラス・マレー『西洋の自死-移民・アイデンティティ・イスラム』とナディア・ムラド『THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』である。 

 前者は多文化への寛容を旗印としてきた欧州が移民や難民の対応に苦しむ姿が、後者ではイスラム国による目を覆いたくなるようなイラクの迫害の現実があり、「安全圏」の欧州に逃げ出す動機と故郷の風景に惹きつけられてやまない心のありようが描かれている。欧州はいわばサンドイッチ状況に嵌っている。

 それにも関わらず、EUが世界のルールメーカーであることで実力を今も発揮し、欧州文化を欧州以外の地域で稼ぐビジネス、即ちラグジュアリー市場のリーダーとして存在感を放っている。

 これらの状況を理解して動く知力そのものが問われている。社交術としての教養が必要だとか、呑気なことを言っている場合ではないのだ。

 今回が今年最後のコラムです。今年もおつきあい、ありがとうございました。良い年をお迎えください。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。