【今日から使えるロジカルシンキング】トヨタやピクサーに学ぶ決断力 スピードとリスク回避は両立させられる
第17回 決める技術〈企業の実践例〉
「これが正解」というものがない中で「決める」というのは、仕事の中で最も重い作業だと言えます。前回と前々回で、「決める技術」は「決断」自体の重要性を軽減するスキルだということを学びました。今回はそのスキルについて、企業の実践例を紹介していきたいと思います。「どのように決めるのか」は経営者哲学、企業戦略と密接に結びついていると言っても過言ではありません。各企業の工夫を見ていきましょう。
スキル1:決めた「あと」の作業を明確にしておく
なかなか決断できない人の思い込みとして「100点の決断をしなくては」というものがあります。「情報が集まれば100点の決断ができる」という大きな誤りです。100点を待っていては永遠に決断できません。ソフトバンクグループの孫正義会長いわく、「成功率が9割になるまで待っていたら手遅れ」になります。大事なことは70点で決断し、決断したあとに発生する諸問題に適切に対応することなのです。
→サイバーエージェントは始める前に「やめる基準」を設定する
企業経営において、決断後の処理でもっとも重要なものが「撤退戦略」だと言われています。「一度決めたら最後まで倒れるまでやれ」というのは被害を大きくするだけの考え方です。誰も成功の法則などわかりません。そんな中で「どの指標・数値で撤退を決定するのか」を明確にしておくことが大事です。
サイバーエージェントのゲーム事業においては、「リリース4カ月で1000万円/月」という基準を決めているそうです。この基準をクリアできない場合は、該当するゲームサービスの提供を終了するのです。サービスの開始を決める前に、撤退する基準も決めておくことで、いち早く「次」へと移行できるシステムを実現しています。
→トヨタでは、生産現場で「計画」を柔軟に修正できる
「PDCA」の総本山だと思われているトヨタの工場では、ラインのそばに紐がぶら下がっていて、異常を感知した人は誰であってもその紐によってラインを停止する権限をもっています。PDCAは「Plan=計画」「Do=実行」「Check=評価」「Action=改善」でしたね。PDCAの「Plan」、つまり生産計画を立てるときに、「これで完璧か?」と考えてしまうとなかなか決めることができません。さらにそのような思考では、一度決めた計画は「完璧に遂行する」という動機が働いてしまい、柔軟な対応ができなくなります。
そこでトヨタでは、Planが決まり、生産というActionに移されている最中でも、いつでも工員が柔軟に対応・修正するシステムが取られているのです。PDCAが硬直化してしまうことを避けることに成功しているといえます。机上で固められた計画だけでなく、実際の現場で「Observe(観察)」「Orient(情勢判断)」「Decide(意思決定)」「Act(行動)」というサイクルを考えるということで「OODAループ」と呼ばれています。
スキル2:小さい決断と小さい試行でリスク回避する
先日、あるベンチャーキャピタル(VC)の代表がこんな話をしてくれました。
「起業のアイデアがイケてるかどうかを投資家に問い合わせてもわかるもんじゃないんだよな。週末起業でも、SNSを使ったテストでも、今ならいくらでも自分が対象としているマーケットに直接聞くことができるよね。それをやらないなんて、もったいないを通り越して、売り上げを立てるセンスがないとしか言えない」
現代においては、あまりコストをかけずに擬似体験する・試すことが比較的容易です。大きな決断の裏で、「小さな決断」をして情報収集し、成功の精度を高めることができます。「困難は分割せよ」という基本に従って、「小さい投資で試すことはできないか?」という工夫をできる人とできない人とではその後の実現度が大きく変わってきます。
→コニカミノルタはクラウドファンディングで公開市場調査
事務機器を主な製品とするコニカミノルタが開発した3万円ほどの携帯型体臭測定器「Kunkun body(クンクンボディ)」は、クラウドファウンディング「Makuake」を活用してテストマーケティングをしたことが話題になりました。個人や中小企業だけでなく、大企業でもクラウドファウンディングが有効活用され始めているのです。
投資リスクも低くでき、社内稟議の時間も大幅に削減できるだけでなく、マーケットからの直接の反響を確認することができます。目標をわずか2時間で達成してしまったという事実からは、大企業の優秀な社員をもってしても、いかに机上の計画では現実を捉えきれない(このケースは良い方向にずれましたが)のかということがわかります。
→「オリジナル」へのこだわりを捨てたセブン銀行
セブン銀行がフィリピン向け送金サービスをローンチした際に話題になったのが、マイクロソフトのクラウド上の開発基盤を採用したことでした。銀行といえば、独自に開発したシステムにこだわり、一から作り上げて、時間も費用も膨大にかけるというのが通例でした。しかし、そうすると、新しいサービスに進出する際の費用と時間のリスクが非常に大きくなってしまいます。銀行も新しいサービスに積極的に進出して試していくこと、そして撤退費用を小さくする必要があることから、開発費用・期間も半分以下で済む開発体制に移行したのです。これにより銀行にしては画期的な「スモールスタート」に積極的に取り組んでいくことができるようになったのです。
スキル3:余白を残したプランで相手を「共犯者」にする
顧客や上司といった「相手」の頭の中をあれやこれや想像していても、確信に至ることはありません。相手の好みに合わせたプランを作るには、相手にも参加してもらうことが手取り早いのです。「どこを直すとよいと思うか?」「迷っている部分についてアドバイスが欲しい」という目線で相手にも立案の当事者、つまり“共犯者”になってもらいます。話術としてではなく、より多角的に検討できる建設的なコミュニケーションになるのです。これは、顧客に対してだけでなく、上司に対しても同様です。ラフな段階から共有して、一緒に作り上げる関係に持ち込みましょう。
→婚活エージェントは「これぞ!」という人に絞り込まない
要望通りのスペックや容姿を多くの候補者の中から選び出して、提案するのが婚活エージェントの仕事です。しかしエージェントは、プロの目からみて「この人しかいない!」と感じたとしても、そのように表現して提案することはないそうです。ベストの1人に絞り込まず、必ず複数の候補者を提示するのです。
相談者は、「選ぶ」という作業を通じて、自分が何を求めているのかという優先順位について理解が深まり、最終的な決断に対する納得感が高まるからだそうです。どんなに要望通りだとしても、1人に絞り込んで提案すると「押しつけ」を感じてしまったり、受け身になってしまったりで後々「期待と違った」ということになりやすいそうです。
→ピクサーは「ひどい出来」で首脳向けに試写会を開く
「上司との共同作業」をシステムにしているのがアニメ制作スタジオのピクサーです。
映画内容の方向性を決定する権限のある「ブレイントラスト」と呼ばれるメンバーに対して、かなり初期の「ひどい出来」の段階から試写会が設定されているといいます。上司は評価するだけの存在ではなく、一緒に作り上げる協業メンバーだということです。
このシステムとその哲学が浸透してくれば、「決断」とは自分1人で作り上げるものではないことが理解でき、不必要な足踏みがなくなることでしょう。そして、取り組んでいる商品の質も高まっていくのです。
いかがでしたか? 色々な企業があの手この手で「決断」のスピードを上げ、「決断」が商品の質と顧客の満足度の向上に役立てていますね。共通するのは「たった1人で」「一度きりの」決断をすることは質を低くするという考え方です。ですから、皆さんも「決断」を前にして1人で悩みすぎたり、足踏みをして時間を浪費したりしてはいけません。ぜひ周りを巻き込んだ決断力を身につけてください。
【プロフィール】苅野進(かりの・しん)
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。
【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら
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