《今回の社長を目指す法則・方程式:エレン・ランガー「カチッサー効果」》
こんにちは、経営者JPの井上です。上司の仕事は「他人を動かして、ことをなす」こと。それが究極にうまいのがデキる社長だとも言えるでしょう。とはいえ、顧客にはもちろんのこと、役員や社長にも、はたまた部下にさえも、お願いして何かをやってもらうのはなかなか苦手で…という上司の方もいらっしゃるかもしれません。そもそも、なぜ成功している社長は、あるいは業績を上げている上司の人たちは、頼み上手なのでしょう?
私たちが物事を頼まれた際に、断りにくくなる話し方があった
ハーバード大学の心理学者、エレン・ランガー氏が行った実験に「カチッサー効果」というものがあります。ランガー氏ら研究員は、次のような実験を行いました。被験者に、コピー機に並ぶ順番待ちの列の先頭へ向かい、次の3通りの言い方でお願い事をさせたのです。
- 「すみません、5枚なのですが、先にコピーをとらせてもらえませんか?」
- 「すみません、5枚なのですが、急いでいるので先にコピーをとらせてもらえませんか?」
- 「すみません、5枚なのですが、コピーをとらなければいけないので先にコピーをとらせてもらえませんか?」
結果は、1の要求のみのときの承諾率は60%であるのに対し、2の理由(本当の理由)を付け足したときの承諾率はなんと94%にまで上昇しました。しかしさらに驚くことに、3のもっともらしい理由を付け足したときでも93%の人が承諾し順番を譲ってくれたのです。
よくよく考えてみると、3番目のお願いは明らかに理由がおかしいですよね。きちんとした理由に全くなっていません。この実験から、人は理由を耳にしているときに、その内容ではなく「~なので」という言葉だけを聞く傾向にあるという仮説が得られたのです。
私たちは、「~なので、~してくれませんか」とお願いされたとき、「理由があるならしょうがない」と機械的に要望を受け入れているのではと考えられます。このように、他からの働きかけに人が意識しないで反応するような機械的行動は、テープレコーダーの再生ボタンを押すカチッという音と砂嵐がサーっと流れる音になぞらえて「カチッサー理論」と名付けられました。
クレーム対策に抜群の効力を発揮する物の言い方
要するに、どんな理由でも良いのです。理由があれば、人は安心する生き物。「そうか、わかった」「それではしょうがないな」と“カチッサー”するのが人間なのです。この習性を利用しない手はありません。
そろそろ3月末に向けての年度末感が世の中に漂ってきますが、期末の夜になると、行く道道で道路工事をしていることが多いですよね。予算消化のための公共工事だったりします。道幅を狭めるため渋滞が発生、当然ドライバー、あるいはタクシーなどに乗り合わせている乗客の私たちはイライラします。そんな時に工事中の道路で見かける看板、「ご迷惑をおかけしております。夜間工事中です」が渋滞中の道路に一定間隔で立てられています。私たちは夜間の工事中なのは当然その状況から分かっている訳ですが、こう繰り返し「夜間工事中です」と理由を添えてあやまられると、無意識的に「年度末の夜間工事中で渋滞か、仕方ないな」と思ってしまうのです。
遅刻しそうな時には、「申し訳ありません、10分ほど遅れてしまいそうです」ではなく、「申し訳ありません、人身事故で電車のダイヤが乱れ、10分ほど遅れてしまいそうです」と必ず理由を添えましょう。コミュニケーション上手な人は、今回の理論を知らなくても、自然とそうやっていますよね。これは出勤遅刻の常習犯の社員も、よく使う手です。「電車遅延で」「乗客トラブルで」。いくら“カチッサー”と言っても、使い過ぎにはくれぐれも要注意!ですよ。
なぜ経営者や識者は「その理由」を語るのか
デキる社長は、人が理由を求めるということを知っています。理由を告げなければ、社員や顧客のモチベーションは低下するということをよく分かっているのです。それが理由でミッション、ビジョンと言っているわけではありませんが、しかし、社員心理的にも、顧客心理的にも、「我が社はお菓子を売っている」、ではなく、「我が社は明るく会話のある家庭を増やすために、そのきっかけとなるお菓子を売っている」と言うのがグッと刺さるわけです。
本質的なこととして、私たちは意味や意義のあること、社会性や大義のあることに惹かれ、共鳴共感します。同時に、背景や理由がないものには、心理的にも腹に落ちない、納得や共感しにくいというメンタリティがあるのです。
半分冗談ではありますが、株価予測などのエコノミストや評論家の方々は、毎年毎年、よくあれだけ予想を外し続けていて仕事が続くなと思いますけれども、彼らはカチッサー理論的に、「もっともらしい理由を添えて景気の行方や株価予想を話していれば、それなりに仕事になる」と言ったら、言い過ぎでしょうかね?
ちなみに先ほどのコピーの実験には、おまけがあります。枚数が5枚のときは先の通りですが、枚数を20枚に増やした場合、要求のみのときの承諾率は24%であるのに対し、本当の理由を付け足したときの承諾率は42%。しかし、もっともらしいこじつけの理由を付け足したときの承諾率は24%にとどまってしまったのです。いくら“カチッサー”と言っても、調子に乗りすぎて過剰な要求をこじつけで通そうと思っても、そうは問屋がおろさない。そういうことですね、そこまで私たちはお人好しではないのです。重々気をつけましょうね。
【社長を目指す方程式】は井上和幸さんがトップへとキャリアアップしていくために必要な仕事術を伝授する連載コラムです。更新は原則隔週月曜日。アーカイブはこちら